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第8話「懐疑」

「あっちゃ〜。機密情報がだだ漏れねぇ」

 葛城家の夕食。

 仲良く並んで碇シンジと綾波レイ。対面に頭を抱える葛城ミサト。

「適当に誤魔化しましたけど。いいんですか?」

「良いわけはないんだけどねぇ」

 問題は相田ケンスケの部屋で見せられた画像やら資料のこと。

 先日の第3使徒の画像はもとより、エヴァンゲリオン初号機の画像まであった。



「なんやこれ? ロボットやんけ?」

 散らかってるけど、と招き入れられた相田ケンスケの部屋は、暗室にコンピュータ機材を詰め込んだようだった。

 壁から壁へと対面に何本も渡された細い紐に、大判の写真が数枚、クリップでぶら下げられている。

「すごいね、ケンスケ」

 相田ケンスケの部屋に入るのは本当に初めての碇シンジ。

 ミサト邸以上の惨状に唖然とした。

 鈴原トウジは慣れているのか、部屋のレイアウトには興味を示さず、そこに飾られていた見知らぬ写真に興味を持った。

「その緑色のやつがこないだの怪獣だよ」

 自慢げに鼻をひくひくさせ、解説する相田ケンスケ。

「気色悪いのぉ」

 示された写真に顔をしかめる。

「で、こっちがさ」

 1枚をクリップから引き剥がした。

「あの怪獣をやっつけた兵器らしいんだ」

 紫の鬼のようなフォルム。

「これもなんや不気味やの」

「ケンスケ、こんなもの、どっから? 写真撮影は駄目だったんじゃないの?」

「ふふふ」

 くぃっと眼鏡を持ち上げる。

「俺を舐めてもらっちゃ困るよ。蛇の道は蛇ってね」

 一般にはあまり知られることのないコンピュータネットワークの深部で飛び交っている極秘画像をプリントアウトしたものだと説明した。

「へえ」

 見直したように鈴原トウジ。

 お前の集めてんのはエロ写真だけやと思てたで、とは言わない。見せてもらえなくなると困る。

「写真の隅に暗号みたいなナンバーがふってあるだろ? 見えにくいけど」

「あ、うん」

「それ、戦略自衛隊で使われている記録映像の通し番号の書式と同じなんだ」

「ふんふん」

 よくそんなことを知ってるなとただ感心する。

「多分、戦自の誰かが流したんだと思うんだ」

 妙に玄人ぶって、略称を使用する。

「学校で見せびらかしたいんだけど、逮捕されるとヤバいからな」

 実際、この程度でわざわざ子どもを拘束するほど警察もネルフも暇ではない。

 本人も「逮捕」という言葉を使いながら、どこまで現実感をもって捉えているのか定かではない。

 妄想に走りがちな少年らしい背伸び。

「それでだな、シンジ」

 ぐいと顔を寄せられた。

「葛城ミサトさんについても調べたんだよ」

「調べたって……」

「おお、教えてくれ、ケンスケ! バストはなんぼや? ウェストは? ヒップは!?」

 呆れたように冷たい目を向ける相田ケンスケ。

「なに言ってるんだよ。そうじゃないよ、葛城さんの仕事のことさ」

「ミサトさんの?」

「葛城さんって、国連軍戦略自衛隊の尉官。ネルフに所属していて、ネルフ作戦部長。知ってるんだろ、シンジ?」

「え、そりゃ、まあ」

「げえ、そんな偉い人やったんかぃ。くぅ、ますますカッコええなあ」

「保護者っていうんだからさ、ネルフとかこのロボットとか、なんか詳しいこと、聞いてないか?」

 どうやらこの質問が目的で、家に誘ったらしい。

「ん、別に……」

 いつかはバレることなんだろうけど。

 そう思いながらも言い淀む碇シンジ。

 出来るならば、クラスメートとエヴァンゲリオンとは無関係のままで済ませたかった。

 妹さんが怪我をしなかったから、トウジがエヴァに乗ることはないかも知れないけど、そうすると、ケンスケがまたしつこくパイロットにと食い下がるかも知れないし。

 そんなのは嫌なんだよね……。

「頼むよ、シンジ」

 なにやら疑っているらしい。

「もうひとつ、極秘情報があるんだ」

「なに?」

「怪獣をやっつけたっていうロボットさ、ほら、どう考えてもこんな形じゃ立てないんだよ」

「なんや、それ?」

「重心が高すぎるんだ。下半身も細すぎる。直立すると、これ、コケちゃうんだよ」

「ほな、どないするっちゅうねん?」

「パイロットが乗ってるそうなんだ。そのパイロットが常に操縦して、安定とってんの」

「パイロットがおるんか? マンガみたいやの」

「そのパイロットがさ、俺たちと同い年の子どもらしいんだよ」

 目を見張る鈴原トウジ。

 相田ケンスケは言葉を続けた。

「もしかして、綾波レイがそのパイロットじゃないのか?」



 何も聞いていないけれど、もしミサトさんに何か教えてもらえたら、きっとケンスケにも教えるよ、と誤魔化して逃げ帰った。

「最初は、やっぱり僕がパイロットだと思ったらしいんですけど」

 食べ終わった食器を片づけ始める。

 手伝おうと立ち上がりかける綾波レイには、座っていて、と首をふる。

 葛城ミサトは3本目のビール。

「綾波の怪我を見て、で、ミサトさんと一緒に住んでるぼくと知り合いだっていうんで、今度は綾波を疑ったみたいなんです」

 どちらも間違っているわけではない。

 零号機の情報は全く外部に出ていないので、この結論は至極妥当だった。

「ふーん、なかなか切れる子じゃない」

「軽いですね、ミサトさん」

「ま、極秘情報ったって、ある程度は仕方ないのよ」

 第三使徒回収作業現場での赤木リツコとの会話を思い出す。

 第3新東京市内での噂レベルなら、許容範囲であると。

 戦略自衛隊をはじめ国連機関、政府機関がかなりの情報を持つのは当り前のこと。

「どこまで言っちゃっていいんですか?」

 キッチンで皿を洗いながら、困った風。

「そうねえ」

 ごくごくと缶ビールを傾ける。

「どうせ、エヴァの存在だとか、シンちゃんやレイがパイロットだってこととか、すぐに分かっちゃうでしょうしね」

「あんまり言いたくなかったんですけど」

「あらん、人類を救うエヴァパイロットよ。かっこいいじゃなあい?」

「……エヴァはそんなんじゃありませんよ」

 ぞっとするほど冷たい口調で返されて、葛城ミサトは内心、慄然とした。

 綾波レイの前では子どもっぽい碇シンジ。

 エヴァや使徒に関する話になると態度が急変する。

 そりゃあ、やっぱ、怖いのかもね。憎しみで恐怖を忘れられる私とは違うか。

 横目で碇シンジの様子をうかがう。

 そこにはもう、普段通りの穏やかな微笑みがあった。

 綾波レイは深い紅の瞳で、碇シンジの顔をじっと見据えていた。

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