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第41話「封印」

「初号機、封印かぁ」

 赤木リツコの研究室である。

 冷めたコーヒーを味わうでもなくすすりながら、ぶちぶちと愚痴をこぼす葛城ミサト。

「あんな力を見せられてしまってはね。仕方がないわ」

 使徒咀嚼によるS2機関の内蔵。

 それはまだいい。

 戦場はネルフ本部の牙城、ジオフロント内だった。

 しかもATフィールドにより一切のモニタが不能だったこともあり、この事実は本部の最高機密として必死に秘匿されてきた。

 だが。

 その次の使徒を一瞬に吹き消した初号機の光線砲は、あまりにも派手でありすぎた。



「レイ、ドグマを降りて槍を使え」

「碇、それは」

「衛星軌道の目標を倒すにはそれしかない。レイ、急げ」

 その発令に、ケージで待機中の碇シンジが割り込んだ。

『だめだ、綾波』

「初号機内部に高エネルギー反応!」

「S2機関?」

「なにをするつもりだ、シンジ」

「エネルギー収束! ケージ施設、融解します!」

「シンジくん!?」

 ゴウと。

 初号機の周囲に炎の渦が舞う。

 ケージから地上までの全ての特殊装甲が一瞬にして穿たれ、十字の火柱が荘厳に第3新東京市の空を舐める。

「初号機の目が……!」

 呆然と伊吹マヤ。思わず後ろを振り返るが、赤木リツコもあっけにとられている。

「そんな。本当に光線砲を撃つつもりなの……?!」

 二条の紫の光が雲海を過ぎり、成層圏まで凛と貫く。

 爆震が中央作戦室を揺るがせた。

「目標、消滅……」

「エヴァ弐号機、解放されます」

「使徒、殲滅を確認しました……」

 全壊した初号機ケージに、力無く両腕を下げるエヴァンゲリオン初号機の姿は、本部スタッフの目にも悪魔を思わせた。



 初号機の眼光。

 第3新東京市の地下から吹きだし、瞬時に使徒を消滅させた2条の霊光は、国連軍監視衛星にもモニタされてしまっている。

 ドイツ支部崩壊以来、さらに権力を集中させた碇ゲンドウにしても、いや、それだからこそなおさら、ゼーレの意向を汲んだ委員会の追求をかわすことがかなわなかった。

 結果。

 エヴァンゲリオン初号機の使用禁止と拘束封印処置が国連から申し渡されたのである。

「ほんとに目からビームってねえ。ばっかばかしいにもほどがあるわよ」

「理論的には考えられたことなのよ?」

 碇シンジがかなり以前に指摘していた。

 その時はエネルギーの問題があるから不可能と断じたが、S2機関をもってすれば確かにあり得る攻撃ではあった。

「やっぱ使徒ってことか、エヴァも」

「ミサト?」

 端末のキーボードを叩く赤木リツコの手が止まる。

「あなた、何を知っているの?」

「さあ?」

「……加持くんね?」

「どうかしらぁ?」

 しらっと笑うが、目は厳しい。いたぶっているつもりらしい。

「なにを言いたいの?」

 むっとした表情で詰問する。

「ねえ、リツコ。あんたや司令はなにをしたいのよ、エヴァを使って」

「使徒の殲滅よ」

「そんな単純な話じゃないでしょ!」

 バンと叩かれた机がきしむ。

「友人を信じないつもり?」

「ふざけてんじゃないわよ」

「……余裕、ないのね。シンジくんのせい?」

「話、そらさないでよ」

 とはいえ、無意識に下唇を噛む仕草が、赤木リツコの指摘を肯定する。

「シンジくんよりあなたのほうが子どもに見えるわよ?」

「そうかもしんないけどね」

 碇シンジは。

 失った左腕をさほど気にかける様子はなかった。

 フィードバックの怖さを知っているはずの自分の戦闘指揮のミスだとうなだれる葛城ミサトに、軽く笑った。

 しかたないですよ、と。

 爆発して手がつけられなくなったのは、少年ではなく、惣流アスカのほうであった。



「なんでなんでなんで、シンジがこんな目に遭わなくちゃいけないのよ?」

 碇シンジが左腕を失ったあの日。

 救急班によって病院に収容されると同時に発令所に飛び込んできた少女。

「ちょっとアスカ、待ちなさい」

「パイロットなんてどうなってもいいと思ってんの!?」

 だれかれなく掴みかかろうとするのを葛城ミサトが羽交い締めにしてようやく抑える。

「あんたらの都合で玩具にされるなんて、やってらんないわよ!」

 少女の怒りは理不尽だった。

 彼女自身、碇シンジの大怪我の直接原因が、自分と弐号機のふがいなさにあると思いこんでいたからだろう。

 自らに向ける悔恨と怒りをそのまま撒き散らしている。

「ごめんなさい、でもね」

「言い訳なんて聞きたくない!」

 葛城ミサトはすでに司令が執務室に戻っていることをありがたいと思った。

 平手打ちでもするのが一番良いのかもしれないが。

 少女の自責が感じられるだけに、手を出しにくかった。

「あたし、エヴァ、降りる!」

「それは勝手すぎるわよ?」

「やめなさいよ、リツコ」

「言っておいたほうがいいわ。アスカ?」

「なによ!」

「シンジくんは自分の考えで乗ってくれているのよ? 私たちが強制しているわけではないわ」

 赤木リツコの言葉に、声はなく睨み付ける惣流アスカ。

 若いオペレータたちは互いに目配せをして肩をすくめる。

 言葉を探しあぐねて顔をしかめる葛城ミサトに、ようやく手助けがあった。

「今そんなことを言っても仕方ないさ」

「加持くん」

 ドイツより帰国以来、戦闘配備時の発令所への立ち入りを禁止されている彼である。

 まだ通常配備へ移行されたわけではないが、誰も彼の入室を阻むことはなかった。司令塔から見下ろす冬月コウゾウも。

「おちつけよ、アスカ。気が高ぶってるんだろうが、騒いでみてもシンジくんが治るわけじゃないぞ」

「わかってるわよ、そんなことは」

 『以前』ほどの執着はないものの、やはり加持リョウジには弱い。

 声音のトーンが落ちる。

「リッちゃんの言う通りさ。シンジくんは彼の考えがあってエヴァに乗ってるんだ。他人のせいにはしないよ、彼も」

「でも」

「それより、一緒に病院に行こう。意識が戻ったときについていてあげたほうがいい」

 悪いわね、と目顔で頭を下げる葛城ミサトにニヤリと笑いかけ、加持リョウジは惣流アスカを連れ出した。



「あなたの態度は、あの時のアスカと同じよ?」

 赤木リツコの指摘に苦虫を噛みつぶす。

「中学生レベルで悪かったわね」

 残りのコーヒーをぐいと飲み干した。

「それでも訊いておかなきゃいけないことってのもあるのよ。どうなの? 教えてくれる気、まるきり無いわけ?」

「あなたもいい加減、知ってるんじゃなくて?」

「加持はまあ、かなり分かってるんでしょうけどね。まだあいつ隠してるからね」

「じゃあ、知らなくても良いことなのよ」

「ちょ、ちょっと。そんな都合のいい言い分、きかないわよ?」

「加持くんも言ってたでしょう?」

 再び葛城ミサトに背を向け、端末の操作に戻る。

「シンジくんは、シンジくんの意思でやっているのよ。わたしが操っているわけじゃないわ」

 ……多分、碇司令の意図とも違うのよ。

 と、その言葉は飲み込む赤木リツコであった。



「国連の監査部の連中は帰ったよ」

 総司令執務室。

 物思いに耽っていたらしい男に、冬月コウゾウが嘆息する。

「初号機の頭部装甲まで外して、禁符でベタベタにしていきおった」

「くだらんことだ」

「それはまあいいとして、碇。初号機は覚醒しているのかね?」

 S2機関を自ら搭載したエヴァンゲリオン初号機。

 眼光で衛星軌道上の使徒を殲滅したエヴァンゲリオン初号機。

 その能力自体は、予想の範囲内と言えなくもないが。

「シンジくん。初号機は完全にあの子の制御下にあるぞ」

 対外的には「暴走」と呼ばれるが、真実はコアによるパイロットを無視した素体の直接制御。コアによる直接シンクロではなかった。

 碇シンジが戦闘中、意識を失い、初号機の制御を手放した様子は皆無である。

「俺のシナリオとはずいぶん違うぞ」

「初号機の解放はシナリオ通りだ」

 碇ゲンドウも、問題ない、とは答えなかった。

「解放だけでは意味がないだろう?」

「ユイは明るい未来と言った」

 エヴァンゲリオン。その覚醒と解放。

 人が滅び行く運命にあるものであるなら、エヴァンゲリオンをもって神と成し、その神へと人は姿を変えてでも生き残る。

 エヴァたる碇ユイは己を人類の母と規定した。

「ああ、生きてさえいればどこでも幸せになるチャンスはあると、彼女はそう言ったよ」

 たとえ人の姿を失っても。

 二人の男は追想に沈黙する。

 それぞれがそれぞれの立場で、一人の女性に縛られていた。

「冬月先生」

 その呼びかけに驚く。

 何年ぶりのことだろう、この傲慢な男からそう呼ばれるのは。

「ユイは母としてシンジを守ろうとしました」

「そうだな」

「しかし、子は巣立つものです」

「……それが初号機のあの姿の答えか」

 綾波レイの碇シンジへの思慕は、母性ではないとようやく碇ゲンドウは認識していた。

 母を必要としない一人の男として、碇シンジは立っているのかも知れなかった。

 片腕を失いつつもエヴァから降りようとしないその姿が、碇ゲンドウにさえ重かった。

「お前の補完計画、いやユイくんのE計画も岐路に立たされたか」

「今さら戻れはしません」

 しかし碇ゲンドウは言った。

「そうだな……ユイくんの後を追うしか、私たちには道がないか」

 運命の答えは人の身である者には分からないが。

 碇ゲンドウは逡巡を切り捨てる。

「残る使徒は2体。約束の時は近い。ゼーレも弱体化している」

「だが、レイくんを依代に使えるかね?」

「レイが無理なら初号機を使う」

 冬月コウゾウは愕然とする。

「それではユイくんの願いを果たせんぞ」

 そして碇ゲンドウ自身の思慕も。

「補完計画の遂行が最優先だ」

 たとえ箱船たるエヴァンゲリオンを失うとも。

 人が生きる、という碇ユイの本質の願いだけは叶うと碇ゲンドウは言った。

「辛いところだな」

 冬月コウゾウは初めてこの不器用な男に同情した。

 ……ユイくんはこういうところを可愛いと言ったのかね?

 あまり分かりたくはなかった。



「それなのよね……」

 葛城ミサトの拘泥するのもそこかも知れなかった。

 碇シンジは、確かに赤木リツコのいうように自分の意志でエヴァに乗っているのだ。

「シンちゃんの考えがわかんないから、よけい焦ってんのかもね」

 加持リョウジにもそれは分からないようだった。

 第14使徒の来襲前。西瓜畑で、アダムとリリスの関係を話してくれた。

 そして使徒の本質も。



「ちょっと待ってよ。じゃあ、使徒も人間も同じものだというの?」

「同じじゃないさ」

 加持リョウジは首をふる。

「俺たちには使徒のような力はないだろ。か弱い生命体だよ」

「でも、アダムが全ての始まりだって言うのは」

「神様のことは俺たちに理解できるはずないさ」

 ただ、と続ける。

「使徒も人間も、アダムが生み出したものだ。全ての使徒はアダムから産まれた別のかたちを持つ生命の可能性だ」

 それ故に、使徒は母たるアダムに還ろうとする。第3新東京市を目指す。

「ここにアダムがあるからね?」

「だがなぜここにあると思う?」

「なぜって」

「人類は、そのアダムを利用して、進化しようとしているのさ」

「進化?」

 抽象的すぎる言葉はよく分からない。

 加持リョウジは具体的な話に戻した。

「使徒の襲来は、いわば自然淘汰だ。アダムの子として自らの存在価値を模索している。生き残りの競争に負ければ、それで終わる」

「人間もその意味で、使徒と同列にあるわけか」

 少し違うが。加持は訂正せずに先を続けた。

「人には使徒と生身で戦う力はない。その代わりに科学を利用した」

「N2爆雷でさえ通じないのに?」

「だからさ。南極で発見されたアダムから、人は使徒と同じものを作ったんだ」

「それが……!」

「そうだ。それがエヴァンゲリオンさ。エヴァは人造人間じゃない。使徒なんだよ、要するに」

「その使徒を科学の力でコントロールしているわけ?」

「いや、そこまで科学は進んじゃいないさ」

 さらに否定を続ける。

「エヴァを制御するのは、人の魂だ。コアに魂を封じ込めることによって、使徒をエヴァンゲリオンとして、人類にとっての福音として再生した」

 呆然とする葛城ミサトにさらに驚愕を投げつけた。

「だがな、人の魂を封じたコアを持たないエヴァを作ったとしたら、どうだ?」

「え?」

「解き放たれたアダムのオリジナルクローン。それは使徒そのものなのさ」

「人間が使徒を作ることができるって言ってるの?」

 そうだ、と今度は肯定。

「もっともエヴァのような巨人を作ったんじゃない。人の魂を持つコアの代わりに遺伝子融合によって人の形を持つ使徒を作った」

「そんなものを何に使うの!?」

「人類補完計画だ」

「何なのよ、それは一体?」

「俺にも全てが分かっているわけじゃない。あるいは人類に福音をもたらす偉大な計画なのかも知れないがな」

 人の掌で踊るのは性に合わない、と加持リョウジは言う。

「俺は俺の意思で生きている。死ぬ時が来ても、その死に場所は自分で選びたいからな」

 愛おしそうに西瓜畑を眺め、そしてまた、同じ目で葛城ミサトを見つめた。

「碇司令がどこまで掴んでいたのかは分からないが、ゼーレはドイツで独自に人のかたちの使徒を作っていた」

 KAWORU、というコードネームで呼ばれるもの。

「それを?」

「ああ、破壊した」

「ドイツ支部ごと?」

「あれは事故だ」

 僅かに悔恨の情。

「爆弾をしかけて吹っ飛ばすわけにもいかないからな。研究所のエネルギー変圧器に細工したんだが、使徒の体内エネルギーの逆流かなにかで俺の思った以上のものがうまれたらしい」

 KAWORUの育成ポッドを破壊するだけではすまなかった。

「ま、結果的に惨事になっちまったが……」

「自業自得っていうわけね」

 葛城ミサトもまた、碇シンジとは感覚が異なっていた。

「でも、あんたよく調べたわね」

 どこまで信憑性があるのか、と睨む。

「情報提供者がいたんでね」

「ふうん?」

 碇シンジの名前は出さなかった。

 しかし葛城ミサトの有能さの所以たる洞察はその名前に思い当たっていた。

「シンちゃんか、あるいはレイね?」

 ほほう、と。

 答えずに加持リョウジは笑う。

「シンちゃん、何もかも分かって戦ってるのかしら? あの子、初めてあったときからつかみ所がないって思ったけど」

「保護者だろ、おまえ?」

「そりゃ可愛い弟みたいなもんよ。甘えてもくれるしね、からかったりもするけど……」

 本質がつかめているとは自分でも思えない。

「シンちゃん、何を見てるんだろ?」

 しかし、それは加持リョウジの疑問でもあった。

 葛城ミサトには話せないこと。

 綾波レイもまた、碇ゲンドウによってリリスから作られた使徒なのだと。

 そして、多分、それを知りながらも動じない碇シンジの正体と目的は。

 加持リョウジにもそれを推測するとき、苦いなにかがあった。



「アスカの気持ちだって手に取るように分かるってわけにゃいかないけどね」

 碇シンジは殊更に掴みにくい、と葛城ミサトは眉をひそめる。

「あたしの過去、知ってるわよね?」

「ええ。南極の話ね?」

「あの時、あたしは14歳だった。今のシンちゃんと同じ歳よね。光の巨人を見て、父を喪って、壊れちゃったわ」

 それを克服するのに2年の歳月が必要だった。

 そして今もまだ、その傷が彼女を突き進ませている。

「地獄だと思ったけどね、あの時は。今のシンちゃん、あたしより酷い地獄を見てるのかもってね」

「本音を言うとね」

 赤木リツコはぽつりと言葉を置いた。

「わたしはシンジくんを利用しているつもりだったの」

「それは、まああたしだって同じかもね」

「でもね、あの子はやはり違うわ。子どもには違いないけれども。ある意味じゃあ、わたしたちの手に負えない部分があるのかもしれないわ」

「そう……だから、アスカやレイもあの調子なんでしょうね」

「レイとアスカは違うわよ?」

 赤木リツコの言葉は、綾波レイを知る者の言葉であったが。

「違わないわよ?」

 赤木リツコ自身にもそうではないと言い切れなかった。



 アンビリカルブリッジもサポートシステムも融解していたため、初号機から碇シンジが降り立つのにはかなりの時間がかかった。

 ようやく用意された仮設のガントリークレーンに降り立った碇シンジを、純白のプラグスーツに身を包む紅い瞳の少女が迎えた。

「ごめんね」

 その心配そうな表情に微笑む。

「綾波を一人で出撃させるつもりはなかったんだけど」

 片腕を失った碇シンジを続けて戦闘に出すことは、葛城ミサトが許可を出さなかった。

 身体に障碍を負い、さらに衛星軌道上から睥睨する不気味な使徒を相手に碇シンジを出撃させることを是としなかったのである。

 赤木リツコはシンクロと肉体的なものに相関はないと言ったが。

 碇ゲンドウもまた初号機の出撃には消極的であったことから、待機命令が出されてしまった。

「あたしはいやよ」

 惣流アスカは出撃を拒否したため、零号機単独でポジトロンライフルによる超長距離射撃が敢行された。

「わたしはかまわないもの」

「でもね」

 戦略自衛隊研究所の開発した陽電子砲をさらに改良したネルフ技術部の新兵器ではあったが、それでは殲滅できないことは『知っていた』ことだったのだ。

「でも、碇くんが助けてくれたわ」

「僕じゃないでしょ?」

 確かに使徒を殲滅したのは初号機の光線砲だが。

「もう! レイに任せてらんない! あたしが行くわよ! 行けばいいんでしょ」

 第15使徒の精神光波攻撃に捉えられた零号機の前に身を挺したのは弐号機だった。

「アスカが時間を稼いでくれたおかげで、ぼくも初号機のS2機関を起動できたんだしね」

 惣流アスカの言葉は自棄だったが、綾波レイを心配したからの行動に違いないと、と碇シンジは微笑んだ。

「アスカに、お礼、言わなきゃね」

「そう、そうね」

 ……あの人は。

 綾波レイには、碇シンジを思っての行動だと感じられていた。

 惣流アスカも、そして綾波レイも結局、碇シンジの存在に収束していく。

 ただ、綾波レイがひとつ異なるのは。

「綾波?」

 そっと少年に身体を寄せ、細い指でその先の失われた肩をなでる。

 まだLCLに濡れる少年のスーツが、頬を寄せた青い髪に水滴を落とした。

「……ごめんなさい」

「もういいんだよ」

 碇シンジは右手を少女の腰に回した。

「腕がなくても、別に問題はないさ」

 やせ我慢をしているわけではない。

 そのことがさらに、綾波レイを懊悩させる。

「もうすぐだよ」

「……ひとつになるのね」

 それは期待と絶望の混じる言葉だった。

「アスカは?」

「病院に行ったと思うわ」

 使徒の精神攻撃による後遺症検査だろう。

「お見舞いにいかなくちゃね」

「ええ」

 だが綾波レイは、離れず少年の腕の中でたゆたうた。

「ほんと、恋人って感じですねえ」

 伊吹マヤは離れたところからそれを見守り、感動の声。

「……そうね」

 そう答えるものの、素直にそのまま受け取るわけにもいかない赤木リツコであった。

 ふうと溜息をもらし、初号機を見上げる。

 神なのか悪魔なのか、彼女には断定できなくなっていた。

 碇ゲンドウに抱かれれば安心できるだろうか?

 それもどこかおぼつかないような気がしていた。



「そう、あの子たちにも。分かってるのかもね」

 なにが、と問われても彼女自身にも答えはなかったが、赤木リツコは吐息のように漏らした。

 その背中に鋭い瞳を向けて葛城ミサトは低く問う。

「ねえリツコ。ひとつだけ、教えて」

「何も知らないわよ」

 言い逃れは無視する。

「使徒はまだ来んのよね? いつまで? あといくつ来るの?」

 それは分かっているはずだ、と葛城ミサト。

 そうでなくては、そもそもE計画など成り立たないだろう。

「そんくらいは、作戦部長として知っておく権利と義務はあるとおもうけど?」

 無視するかのようにカチャカチャとキーボードを叩く音。

 ディスプレイに流れるデータの目まぐるしい光輝が赤木リツコのかけるコンピュータグラスに反射する。

「リツコ!」

「……あと、たぶん、二体よ」

「そう」

 ……その先は?

 残るという二体の使徒を殲滅したそのあとは?

 葛城ミサトはしかし、重ねての質問は飲み込む。

 ……わたしを信じて。

 声にされなかった質問に赤木リツコもまた心で答えた。

 それは自分自身への確認であったのかも知れない。

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