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第39話「参号機」

「エヴァンゲリオン参号機は現時刻をもって破棄。目標を第13使徒と識別する」

 碇ゲンドウの宣告。

「総員第一種戦闘配置」

 冬月コウゾウの発令。

 葛城ミサトと赤木リツコを欠いて発令所は対使徒迎撃体制に入った。



 長野県松代の日本ネルフ第2実験場で、使徒は覚醒する。

 米国から移送されてきたエヴァンゲリオン参号機。

 ジオフロント本部ケージの準備が整わず、地表施設である分、改装工事の楽であった松代実験場が代替された。

 起動実験。

 その成功と同時に、参号機は人外の唸りをあげる。

 滅びの十字架が炎となって立ち上った。



「非常警報?」

 碇シンジの病室で惣流アスカは唇を噛みしめる。

 予想通り。それが悔しい。

「綾波?」

 碇シンジは問う。

 参号機の起動実験にダミープラグを使用してもらうこと。それが碇シンジの計画。

 とはいえ、少年に進言権などない。葛城ミサトにすら。

 綾波レイの犠牲によって、そして自分が可能な限り実験に協力することによってダミープラグの開発を急ぐ。

 その消極的な方策が唯一の方法と努力だった……。

 綾波レイは肯定の頷き。

 ダミープラグは確かに完成していると。

「鈴原、フォースに選ばれたわよ」

 だが、惣流アスカの告げた言葉が迷わせる。

 父親がどちらを選択したのか、今、少年には分からない。

 ぴぴぴ、と少女たちの持つ携帯電話が鳴る。

 出撃。

「ぼくもいくよ」

「あんた、一人で立てもしないくせに、出れるわけないじゃん」

「……大丈夫」

 二人の少女がそれぞれの言葉で少年を押しとどめる。

「でも」

「今度は負けないわよ。きっちりカタつけてやるわ」

「エントリープラグを」

「分かってるわよ」

 任せろと胸を張る。

「もしジャージが乗ってるようなら、壊さないように気をつけたげるから」

「トウジじゃなくても」

 搭載されているのがダミープラグであっても壊さないで欲しいと碇シンジは言った。

「どうして? ダミーならいいんじゃないの?」

「頼むよ」

「碇くん……」

 綾波レイには分かる。

 ダミープラグを構成するのは、魂がないとはいえ綾波レイ自身の空蝉。

 碇シンジはそれを気遣っているのだろう、と。

「勝手なこと言ってくれちゃうわねえ」

 綾波レイと連れだって病室を出ながら惣流アスカ。文句は言うものの、やってあげるわよ、と目顔で頷く。

「ごめん」

「安心して寝てなさい!」

「じゃ」

 閉ざされたドアを見つめて碇シンジは右手を握る。

「ぼくがやらなきゃ……」

 しかし、動かない身体に苛立ちを募らせるしかなかった。



「苦戦、だな」

 冬月コウゾウの表情は暗い。

 エヴァ参号機はすでにエヴァではなかった。

 使徒と同じ力を持ちながらも、人に心を支配されるが故に人の動きを越えられないエヴァンゲリオン。

 その制限をエヴァ参号機は持たなかった。

 融合した使徒が素体を自在に操っている。骨格を、筋構造を無視した異常な動態。

「力が違うな」

 さらに。

 作戦指揮官たる葛城ミサトがいない。

 赤木リツコとともに、松代での事故に巻き込まれている。連絡はまだつかない。

 発令所は有効な作戦をエヴァンゲリオンに与えられない。

 ただ漫然と出撃させ、惣流アスカ、綾波レイの判断にのみ頼っていた。

「どうする? 零号機を呼び戻して、レイを初号機に乗せるか?」

 初号機であれば。

 零号機、弐号機とは異なる。使徒と化したエヴァ参号機にも対抗できる可能性は高い。

『くそー。ちょこまかと!』

 惣流アスカのの雄叫び。

 弐号機のプログレッシブソードが、参号機……使徒の左腕をようやく捉え、切断した。

 だがしかし、使徒は苦にする風もなかった。

 そのまま切断された左腕の残り部分を不気味に伸張させ、弐号機を薙ぎ払う。

『うあ』

 体勢を崩さずこらえるのが精一杯の惣流アスカである。

「初号機パイロットにつなげ」

 碇ゲンドウが低く命じる。

 病室のインターカムが鳴らされる。

「シンジか」

『父さん』

「初号機、出撃だ」

『身体が動かないんだ。連れていってもらわないと』

「わかった。手配する」

「おい、碇」

 冬月コウゾウが親子の会話に顔をしかめる。

「いいのか?」

「死んでいるわけではない」

 ……シンジくん。先輩。

 青ざめた顔の伊吹マヤの手によって、初号機起動シーケンスが進められていった。



 射出信号を打たれながらも、使徒の菌糸によってそれが阻まれ、首筋から一部を見せるだけで留まった参号機エントリープラグ。

 その赤い塗装を綾波レイは確認した。

「ダミープラグ……」

 鈴原トウジでないのなら。

 碇シンジの依頼によって攻撃に制限をかけられ、決定的な打撃を放てないでいる惣流アスカのような躊躇いは綾波レイにはない。

 手にするバズーカを使徒に照準する。

 インダクションモードで正確な一撃を。

(それでいいの?)

 引金を絞る手が止まってしまった。

 ……自分にはなにもなかったから。

 ……欲しいものは絶望だったから。

 それはしかし綾波レイの魂の縛鎖。

 こころを持てなかった、こころに期待できなかった偽りのかたち。

 幾十もの綾波レイと呼ばれる肉体。

 魂を持たない綾波レイのかたち。

 その存在を否定することは、自分自身の肉体すらもかりそめの物体と貶めること。

 ……怖いの、わたし?

 自分に意味の無くなることが。

 無二ではない希薄な存在と認識することが。

 ……そう、嬉しかったのね。

 碇シンジの言葉が。

 空蝉をすら綾波レイと認める碇シンジの言葉が。

 綾波レイのダミーではない。

 それもひとつの綾波レイというかたち。

 逆に言えば。

 今ここに魂を持って存在する綾波レイも、ひとつの完結した存在。

 リリスの化身ではなく。

 偶然選ばれたに過ぎない他の肉体の代表でもなく。

 代わりのいない、唯一の綾波レイ。

 綾波レイと呼ばれるものではなく。

 記号に過ぎない名称ではなく。

 そこに確かに存在する一人の人格。

 ……これはわたしの絆。

 であるならば。

 あのダミープラグの中にいるモノは、綾波レイの代わりではない。

 ……わたしではない別のヒト。

 碇シンジの言うのはそういうことなのだろう。

 ……わたしには消す資格はないのね。

「わたしには代わりはいないから。あれもわたしの代わりではないから」

 ひとつの懸念がある。

 絶対的な心の壁。強力無比のATフィールド。

 綾波レイを認める碇シンジは、碇シンジ自身を認めていないのではないか、と。

 だからこそ。

 ……壊してはいけない。

 今はダミーと呼ばれる綾波レイの別のかたちを。

「だめ」

 しかしその躊躇は、零号機のチャンスを奪った。

 異質な筋肉の動きで、ま後ろに跳躍した使徒……参号機は零号機を軽々とはじき飛ばした。



 低空に大型輸送機の爆音。

 空中に離脱する黒い影。

「シンジ?」

 F型装備のエヴァンゲリオン初号機が、使徒の背後に降り立った。

『綾波! アスカ!』

「あんた、なんで」

『碇くん!』

 初号機が使徒にかぶさった。ダミープラグを守るように身体を押しつける。

 使徒の両腕が肩から逆に曲がり、初号機の首を絞めた。

 一瞬の膠着……静止状態が生まれた。

 接触し干渉しあったATフィールドは中和されその防御機能を失う。

『今のうちに!』

「くっ、ばかシンジ!」

 弐号機の動きは、必要充分に素早かった。

 プログレッシブソードが袈裟懸けに参号機を寸断する。

 ヘイフリックの限界を超えて破壊され、一気に力の弱まった参号機の胸部……コアを零号機のバズーカが撃ち抜いた。

 腰から下を失い、初号機に上半身を支えられた格好で活動を停止した参号機に、使徒殲滅の宣告がなされる。

「あんた、寝てなさいっていったのに!」

『ぼくが無理を頼んだから困ってたんでしょ?』

「困ってなんか無いわよ」

『3人で協力したほうがいいからさ』

「あんたね」

 まあ、協力ってのは悪くないけどね。

 と少しだけトーンを落とす。

 が。

『レイ。プラグを回収しろ』

『了解』

 夕陽に包まれる中、初号機から参号機の残骸を受け取る零号機の姿に。

 意味もなく嫉妬してしまう惣流アスカである。



「あちちち」

 左腕に添え木が当てられている。輸血の管が目の前を揺れる。

 屋外に置かれた救護台の上で、葛城ミサトは意識を取り戻した。

「よかった。気、つきましたか」

 心配そうな顔。グレーのプラグスーツに身を包んだ少年。

「あ、鈴原くん?」

 夜になっていた。

 戦略自衛隊の衛生中隊が出ているらしい。赤色灯が回り、救護活動に勤しむ人々のざわめきが聞こえる。

「無事だったのね」

「爆発の時、ミサトはんに庇うてもらわなんだら、どないなってたかわかりません。ほんま、おおきにありがとうございました」

「あら。お礼なんていいのよ」

 というより、覚えがなかった。

 ダミープラグによる起動直後、エヴァ参号機の暴走。

 距離的には相当離れていた中央指揮車も謎のエネルギー集積による爆発に巻き込まれた。

 対外的にはパイロットであるフォースチルドレンとして連れてこられた鈴原トウジと並んで、手持ち無沙汰に作業を眺めていた葛城ミサトである。

 反射的に庇ったのかも知れない。

「エヴァ参号機は……」

 独り言だったが、少年から答えが返ってきた。

「シンジらが3人で倒したそうです。あのエヴァ、使徒やったそうで」

「え?」

 と怪訝そうに。

「どして鈴原くんがそんなこと知ってるの?」

「あ、あのおっちゃんに教えてもろたんです」

 チルドレンっていっても仮のものなのに。

 誰よ、確認もしないで機密情報、ぺらぺらしゃべっちゃうのは!

 と痛む首を回した先に、にやけた笑顔があった。

「よ、葛城。無事で良かったな」

「加持くん!」

 あんたこそ、連絡もせずに。いつ日本に?

「リッちゃんも無事だよ」

 そんなことは訊いてないわよ?

 と葛城ミサトは憮然とした。

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