スポンサードリンク

第38話「フォース」

 パシッ!

「な、なにするんだよ」

 机をガタガタと倒して見事に吹き飛んだ相田ケンスケ。落とした眼鏡を探して右手が彷徨う。

「ちょっとアスカ」

 慌てて洞木ヒカリが止めにはいらなければ、さらに次の平手が繰り出されていただろう。

 他のクラスメイトたちは呆然と見守っている。その勢いに動きがとれない。

 それほど惣流アスカは激怒していた。

 登校途中出会った葛城ミサトから相田ケンスケの話を聞くなり駆け出した。

 教室に飛び込み、相田ケンスケの姿を見るや否やの爆発である。

「なにがパイロットになりたい、よ!」

 押さえられつけながらも噛みつかんばかりに言葉を投げた。

「よくもそんなバカなこと、言えるわね」

「何が馬鹿なんだよ!」

 はり倒された上に、クラスの面前で、自分が一大決心をしたつもりのことを馬鹿呼ばわりされたのではまるで立つ瀬がない。

 ようやく起きあがって、こちらも顔を真っ赤にした。

「俺だって平和を守るために戦える。俺にだって操縦くらい出来るさ!」

「平和を守るため、ですって!?」

 唇を歪めて嘲る。

「あんた、マンガの見過ぎじゃないの?」

「なんだと!」

「やめさいよ、アスカ」

「ヒカリは黙ってて」

 ドス、と手近な椅子の上に片足を乗せる。

 腕を胸元で組んで相田ケンスケを睨め付けた。

「あんたはね、憧れてるだけなのよ。かっこいいロボットに乗って戦うのが羨ましいって、ね?」

 ゲームやってんじゃないのよ?

 と皮肉る。

「そんな理由じゃないさ!」

 いらだたしげに反発した。

 第四使徒戦、自分のせいで大怪我を負わせてしまった。

 それが負い目となっている部分もあるのだ。

 だから、シンジひとりを危険な目にあわすのは、心が落ち着かない。

 なんといっても、同じ中学生、自分にだってできるのだ、と。

「甘い!」

 だが惣流アスカは一言で切って捨てた。

「どこが甘いって言うんだ?!」

「全部よ、ぜんぶ」

 ぴしっ、と人差し指を眼鏡をかけた鼻面に向ける。

「だいたいエヴァをなんだと思ってんのよ?」

「なんだと、って。ネルフの決戦兵器じゃないか」

「ほら」

「なにがだよ」

「兵器だとかロボットだとか操縦だとか。根本的に認識が違うのよっ」

 唐突に言葉を、苦り切っている鈴原トウジに向ける。

「あんたもエヴァに乗りたいの?」

 今度はわいかいな、と嫌そうな顔をしながらも答える。

「わいは別に乗りたいとは思わんけど。なんや、こう気色悪いしなあ」

 気色悪い、という表現は少し気に入らないが。

「まあ、そういうことよ」

「そういうことって?」

「エヴァなんて操縦するもんじゃないってこと。使徒もエヴァも変わんないのよ」

「そ、そうなの?」

 洞木ヒカリである。やや青ざめている。

「シンジだってどれほど酷い目に遭ってると思ってるの?」

 再び視線を相田ケンスケに。

「そ、そりゃ戦うんだから怪我するくらい覚悟の上さ」

 口ごもったのは、第四使徒戦で血を流して気絶していた碇シンジの姿があるからだが。

「そんな怪我くらいで済まないのよ!」

 畳み込む。

「今だって、ミイラみたいにやせ細って入院してんのよ。怪我なんてレベルじゃないの。

 加粒子砲の直撃喰らってお腹に大穴あけて心臓止まっちゃったり、燃えさかる溶岩の中に飛び込んで大火傷したり、使徒に飲み込まれちゃったり、両腕吹っ飛ばされたり、エヴァに取り込まれて身体が素粒子に分解されちゃったり、トカゲみたいな連中に寄ってたかって内臓食い破られちゃったり……」

 時制や次元や主体がごっちゃになっているが。

 運良く、実際の戦闘の状況は公開されていない。垣間見える情報からは思い当たる節もあるだけに、またあまりに突拍子もない言葉が却って真実味を増した。

 ひぃ、とすでに洞木ヒカリは真っ青である。

「ア、アスカ、そんな戦い、してたの……?」

「シンジだけじゃないわよ。レイだってね、N2爆弾抱えて自爆することくらい平気でやっちゃうわよ」

 憧れとかヒロイズムなどでエヴァに乗るなど、馬鹿げているにもほどがある。

「あんた、死ぬ覚悟、出来てんでしょうね?」

「も、もちろんさ!」

 と答えを返しはしたが。

 今朝早く、葛城ミサト邸で「自分をパイロットに!」と叫んだときの勢いはすでに失われていた。

「もし、パイロットになれ、なんて言われてもね」

 なぜか鈴原トウジのほうを睨む惣流アスカ。

「ぜったい、断んなさいよ。はっきりいって、迷惑なんだからね、めいわく!」

 戦慄した、というわけでも無いのだろうが。

 教室全体にどこか沈んだ空気が漂った。少なくとも、エヴァパイロットに憧れるという他愛ない感情は払拭されてしまったようだ。

 惣流アスカの語ったのは、戦闘ではなく、ただの拷問だった。

「そ、そやけど、惣流は、ほならなんで、そんなもんに乗ってんねん?」

「あたしだって乗りたくて乗ってるわけじゃないわよ?」

 ぼそりと呟いた鈴原トウジに、唇を歪めた。

 ……そう、あたしが乗るのは。

 昨日の病院で。綾波レイとの会話が思い出される。



「なに?」

 冷たい瞳で促す。碇シンジに付き添っていたいのを邪魔されたせいかも知れない。

 といって、臆した風もない惣流アスカ。

「シンジはあの調子だからさ、まだ復帰は無理よね?」

「そうね」

「じゃああたしがしっかりしなくちゃいけないわけよ」

「わたしがいるわ」

「なに言ってんのよ」

 軽く笑った。

「零号機だけに任せられるわけないじゃん」

 事実ではある。綾波レイは返事を省いた。

「だけどね、最近、シンクロ率が落ちこんでんのよね」

 かまわず惣流アスカは続ける。

 が、声音は少々弱々しくなっていた。

「あんた『以前』にさ、教えてくれたじゃない。心を開かなければエヴァは動かないって」

「ええ」

「それは分かってるわよ。じゃ、なぜまた、あたし落ち込んじゃってるのかな?」

 高飛車な態度であったくせに、どうやら相談のつもりらしかった。

 それにしても惣流アスカのほうから持ちかけるとは、らしくない。

 綾波レイの瞳の色が微かに和らぐ。

「落ちてるっても、あんたやシンジより遙かに上だけどさ」

 弐号機の身体が重い。100パーセントに近いシンクロを体験しているだけに、特にそう感じるのだろう。

 碇シンジが入院する羽目になった今、懸念は取り払いたい。

「ね、あんたならなんか分かってんじゃないの?」

 悔しいが、エヴァに関しての本質的な理解は綾波レイのほうが上であるようだった。

 分からない、と答えようとして綾波レイは。

 ふと、気づいてしまった。

 躊躇いながら言葉を紡ぐ。

「……碇くんもシンクロ率は低いわ」

「シンジじゃなくってさ」

 碇シンジとの比較で慰めるつもりか、と苛立つ。

「それは碇くんが必要としていないから」

「え?」

 綾波レイの言いたいことは他にあるらしい。

「エヴァの心を。碇くんは必要としない。だからシンクロ率をあげる意味がないの」

「それって、つまり……」

 初号機の心。

 弐号機の心が彼女の母、惣流・キョウコ・ツェペリンであるのなら。

「シンジの、お母さん?」

「そうよ」

「それが必要でないってこと? シンジには?」

「チルドレンの資格は、コアへの依存だもの」

 母に甘える心。それがないものに適格者たる資質はない。

 精神的に成長し、自立してしまった大人がパイロットになれない理由でもある。

「碇くんはエヴァに逃げ込むことが救いじゃないことを知ってしまったもの」

 そして綾波レイは。

 碇シンジの渇望が自分に向けられていると信じていたのだが。

 強力なATフィールドが綾波レイ自身をさえ拒絶したとき。

 哀しい事実を悟った。

「シンジはお母さんに甘える気がないって言いたいの?」

 惣流アスカは綾波レイの憂いには気づかない。

 彼女に投げかけられた言葉の咀嚼に必死だった。

「そうよ」

 そしてあなたもそれは同じ。

「あたしも?」

 『以前』は成長ではなく、萎縮によって心を閉ざし、エヴァとのシンクロが失われた。それはパイロットの心を破壊するだけの逃避。

 だが、今度は。

「あなたは……碇くんのことが好きなのね」

 綾波レイは淡々と指摘した。



 ……身体は14歳だけど。時間をやりなおしてるから、心はもう15歳か。

 なんとなく白けてしまった教室。

 怠惰に進む授業の中で、惣流アスカは思いを巡らせた。

 ……いつまでも子どもじゃないのよね。

(あたしはもう大人よ)

(あたしを見て)

 子どもであるが故の叫び。背伸びした心。

 それは結局子どもであることの証だったのだろう。

 そして、自然な成長は静かに進行し、いつか己にも分からず母から巣立つ。

(あんたはあたしのもの。アスカ様と呼びなさい)

 それは子どもの独占欲だった。

 それ以上の気持ちはないと思っていたのだが。

 ……そっか、あたし、シンジのこと、好きになっちゃってたんだ。

 気づいてみると。

 恥ずかしいとか、照れるとか、ときめくといった思いがなかった。

 ごくごく自然であるように感じた。

 ……シンジは綾波レイのことが好きなのかも知れないけどね。

 そのことはあまり関係がないと思った。

 子どもらしい独占欲での「好き」であるなら、自分を見ていないことに腹が立つ。

 だが、自分から好きと意識した以上。

 その思いは自分自身の問題だ。相手の気持ちがどうあれ、揺らぐものではない。

 今も、あるいは碇シンジの枕辺に綾波レイが付き添っているのかも知れないが。

 ……ま、あたしのほうが魅力的だし。シンジだって分かってるわよね、それくらい。いざとなったら奪い取ってでも!……

 惣流アスカの強気は健在であった。

「にしても相田のバカ野郎が……」

 成長しているのかどうかはともかく、碇シンジは人の命に拘りすぎる。

 二度も級友を傷つけることに耐えられるとは思えない。

 うまくいけば、碇シンジが退院する前に自分が殲滅できるだろうが。

 不安は取り除いておかねばならない。

 クラスメイトをエヴァ参号機に乗せるわけにはいかない。

「っていうのに」

 自分からパイロット志願とは。しかも、幼稚な憧れだけのことで。

 周りに流されてだの、間違えた正義感でだのの理由でエヴァに乗ることは耐えがたい痛みを伴うだけである。

 それは『以前』の碇シンジが、惣流アスカが身をもって体験している。

 今のあたしは。

 あたしのために。あたし自身の心のために乗る。

 エヴァに甘えているんじゃない。

 あたしがエヴァを甘えさせてあげよう、と。惣流アスカは決意していた。

 ……なんにしても、これ以上シンジを傷つけさせないわよ。

 時折、どこか人間離れしたような笑顔を浮かべる碇シンジ。それは心が傷ついているせいだと惣流アスカは推測していた。

 ギラと相田ケンスケを睨んだとき。

『授業中、失礼します。2年A組、鈴原トウジくん。至急、校長室まで』

 なんだ、と教室がざわめく。

「すずはら! 今度はなにやったの!?」

「な、なんや、委員長。わいはなんも……」

 本人も首をひねりながら教室を出ていくが。

 惣流アスカは唇をかみしめた。

 ……まさか。やっぱ、あいつなの?



 REI DUMMY PLUG EVANGRION 2015 REI-00。

 それは深紅のエントリープラグ。

 通常のエントリープラグと同様、内部はLCLが満たされているが、操縦席たるインテリアはない。

 代わりに微細な数千の束ねられたパイプがうねるように重なる。それに埋もれて全裸の少女の肢体。

 綾波レイに酷似したもの。

 だが綾波レイではない。美しくともダミーに過ぎない柔らかな肉のかたまり。

「試作されたダミープラグです」

 並び見つめる碇ゲンドウに、赤木リツコが説明する。

「レイのパーソナルが移植されていますが、心は、魂はありません」

「機械人形、だな」

「はい……今のレイとは異なります」

 反抗する心配はない。ただ、命令の通りにエヴァを制御するだけのもの。

「実用になりそうか?」

「単独兵器としてはまだ。MAGIによる遠隔制御が必要です」

「それはいい。参号機のコアはダミーをベーシックに。バックアップにフォースを回す」

「フォース? フォースチルドレンですか?」

 赤木リツコは戸惑った。

「ダミープラグ用のコアでは、レイかシンジくん以外、シンクロは不可能ですが」

 にやりと碇ゲンドウ。

「ダミーのダミーだよ」

「は?」

「ダミープラグの開発は極秘だ。パイロットも無しにエヴァは起動できん」

 なるほど、とようやく得心した。

「形式的にフォースチルドレンは必要、ということですか。マルドゥックの報告書は?」

「誰でも良い。君に任せる。候補の中から適当に選んでくれ」

「わかりました」

「……世話をかけるな」

 赤木リツコは心底、驚いた。

 碇ゲンドウに慰労されるとは想像の枠外だった。

「いえ、わたしは……」

 もっとも碇ゲンドウの言葉に、表情はない。

 同じく表情の消えたマネキンにしか見えない綾波レイのダミーを静かに見下ろしている。

「レイのこと。どうされますか?」

「……補完計画は遂行されねばならない。我々にとって救いの道は他にない」

 ごくごく微かだが。

 赤木リツコは、そこに苦渋の色があるような気がした。



 洞木ヒカリは不安そうに教室の窓辺から屋上を見上げていた。

 フェンスに肘をつく鈴原トウジの黒いジャージが見える。その背後に赤い髪。惣流アスカの姿があった。

 ……アスカ、碇くんのことは好きじゃないって。まさか鈴原のことを?

 この少女の思いは常に平和であるかも知れない。

 その屋上の二人は。

「なんや。惣流か」

「もしかして、パイロットの話だったんじゃないでしょうね?」

「知ってるんか?」

「断わんなさいよ!」

「そない噛みつかんでもええわ。わいはケンスケとは違ゃうで?」

「だからよけいに心配なんじゃない!」

「わいはなあ」

 振り向かないまま、訥々と口にした。

「お前らの戦いは分からへん。さっき言うたみたいに、エヴァっちゅうのんも気色悪い、思う。あんなもんに乗りたいことあらへんし、パイロットがカッコええとも思わん」

「じゃ、断ったのね」

「いいや」

「何ですって!?」

「うちはな、お母んはおらへんし、お父んもお祖父んも研究所勤めや。妹の面倒、見たれるのはわいだけやねん」

「だったら」

 よけいにパイロットなど志願している暇はないではないか、と。

「そうやない」

 鈴原トウジは少年らしい決意を見せた。

「妹の面倒見る、いうたかて、べつにわいが飯作るわけとちゃう。金はお父んが稼いでくれるわけやし、せいぜい、一緒に遊んだるくらいや」

「それで充分じゃないの?」

「その遊んだれる時間をくれてんのは、なんやかや言うたかて、やっぱりお前らやろ?」

「え?」

「わいは妹が大事やねん。妹は別にこんな兄貴が居らいでも、友達とでも遊べるやん。ほな、わいに出来ることがあるんやったら。エヴァとかちゅうもんに乗って妹が遊べる時間、作ったれるんやったら、わいがやらなあかんと思う」

「鈴原?」

「わいはなあ、世界の平和とかとちゃうねん。妹のために、やるねん」

 はぁ、と惣流アスカは溜息をついた。

「あんた、死んでもいいわけ?」

「あほ、そんなわけあらへんやろ」

 快活を装って笑う。

「パイロット言うたかて実験に立ち会うだけで、すぐ乗るの乗らんのやない、言うてたで。ま、危ななったら逃げるがな」

「どうなっても知らないからね?」

「なあ、惣流?」

「なによ」

「お前の心配してるのはわいと違ごて、シンジのことやろ?」

「……そうかもね」

 あら、と。

 素直に肯定されて、心の中で蹴つまづいてしまう鈴原トウジであった。

スポンサードリンク

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 

スポンサードリンク

Linkフリー

エヴァンゲリオンのファンフィクション小説−Kaworu My Love−
エヴァンゲリオンの二次小説「終わりのはじまり」
エヴァって何?という人は初めてのエヴァンゲリオン