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第29話「デート」

「初号機のパイロットはいるか?」

『うん、父さん』

「話は聞いた。よくやったな、シンジ」

『……うん。ありがとう』

「……では葛城三佐。あとの処理も任せる」

『はい』

 通信を切る。冬月コウゾウの複雑な顔。

「碇。いいのか? 報告の初号機は異常だぞ」

 単機、使徒を殲滅。絶対のATフィールドは、使徒が地上に触れることすら許さなかった。

「使徒殲滅が最優先だ」

「といってもな。まさか覚醒しているわけもあるまい?」

「シンジが不審か?」

「お前とユイくんの息子だからな。ただの子どもとも思わんがね」

「シンジがなにを考えているにせよ」

 碇ゲンドウは窓外を見やる。暗い海が風にちぎれている。

「もはや時を戻すことはできん」

 ロンギヌスの槍を運ぶ艦隊は南極死海を抜け、黙として日本を目指していた。



 箱根山山上の公園に碇シンジと霧島マナの姿があった。

 寄り添うように並ぶ。夕陽が二人の影を絡めて長く伸ばしている。

「今日はとっても楽しかった」

「よかった。マナに喜んでもらえて」

 はにかんだように笑う少年を見上げて、少し躊躇う。

「どうしたの?」

「あのね」

 目をそらせて夕陽に向き合いながら、霧島マナは言葉を続けた。

「このあいだシンジくんの戦う姿を見て。すごく怖かった。現実じゃないみたいだった」

「そう」

「使徒とか、エヴァとか。あたしが想像してたのとはまるで違ってたの」

「マナは……どう思ってたの?」

「兵器だって。戦車とかミサイルとかロボットとか。そんな感じの新兵器だって」

「違った?」

 こくりとうなづく。

「加持さんが言ってたの。人間に立ち入る余地はないんだ、って」

「うん」

「ねえ、シンジくんはなんで、あんなことしてるの?」

「使徒と戦うのかってこと? エヴァに乗るのかってこと?」

「……どっちも」

「好きでしてるわけじゃないよ」

「それは……わかると思う。だってシンジくん、やさしいもん」

「やさしいってわけじゃないけど」

 照れている、様子はない。

「ぼくはぼくに出来ることをやってる。エヴァに乗れるのはぼくだから。でもマナは。マナがするのは戦うことじゃないと思うよ?」

「え?」

「マナの友達もね」

「あたしの……友達?」

「いるんでしょ?」

「う、うん」

 少女の大きな瞳が不審そうに揺らいだ。

「戦争とか、使徒と戦うとか、そんなことよりもっと楽しいこと、したいでしょ?」

 少年の言葉に思わずうつむく。

「デート……」

「うん?」

「あたしね、デート、はじめてだった。ずっとしてみたかったの。今日、シンジくんに誘ってもらえてすごく嬉しかった」

「ああ」

 納得したような表情の碇シンジ。

「また、誘ってくれる?」

 だが少年はそれには答えなかった。

「ぼくはさ、エヴァに乗ってるから」

「忙しい? あたし、迷惑?」

「そういうんじゃなくて、さ。マナにはもっと近い人がいると思う」

「どういうこと?」

「ぼくは、綾波やアスカを捨てられないもの」

「あたしより綾波さんやアスカさんのほうが好きってこと?」

「ちがうよ」

 慌てるように答えが返ってきた。

「そう言う意味じゃなくて。ぼくはマナのことが好きだったから」

 突然の告白に驚いた。

 が、なぜ過去形なのだろう? と霧島マナは混乱した。

「マナのことも。守って上げたいんだ」

 意味がつかめず、問い返そうとしたとき。

 轟音に空気が震えた。

「なに!?」

「あそこだ」

 麓に火の手が上がっている。

 そしてその上を戦略自衛隊の攻撃ヘリが散開していた。

 森影から、夕陽を反射してキラリと無骨な機械兵器の一部が見えた。

「あれは……」

「戦自のロボットだよね」

 碇シンジは驚いた風もなく、そう呟いた。

「ムサシくんたちだよ、きっと」

 霧島マナは、蒼白になって少年を見つめた。

「シンジくん……」

 ……知っているの!?



 警報がネルフ本部内を駆け巡った。

「使徒なの!?」

 発令所に駆け込んできた葛城ミサトに、日向マコトが首をふる。

「使徒ではありません。戦略自衛隊が駒ヶ岳絶対防衛線近郊で作戦展開中です」

「戦自?」

「高速で移動する物体、2。第3新東京市に南東部より侵入しました」

「どういうことよ。戦自に問い合わせて!」

 葛城ミサトの形相が苛立ちに歪んでいる。

 司令、副司令ともが不在で、本部作戦行動の最高責任者を任された彼女を、普段の数倍のデスクワークが襲っている。

 天才肌の指揮官だけに、地道で面倒な書類作成は苦手だ。

 おかげでほとんど家にも帰れない日が続いていた。

 ……その上に、戦自ですって? いいかげんにしてよね!

「戦略自衛隊総監部より入電です。第3新東京市への航空部隊通過許可を求めてきています」

「通過ぁ?」

「映像、出ます!」

 メインスクリーンに、問題の未確認物体が捉えられた。

「ヒト型ロボット?」

 葛城ミサトも思い当たるものがあった。

 戦略自衛隊で開発されているという決戦兵器。その形や仕様までは知らないが、多分これがそうなのだろう。

「なにが通過よ。ミサイル撃ってんじゃない!」

 兵装ビルはさすがに無傷だが、一般の企業ビルが爆砕され燃えている。

 ヒト型ロボットを中心に、戦略自衛隊の部隊が展開していた。

「ネルフに侵攻してきたの?」

「いえ。あのロボットを攻撃しているようですね」

「はぁ? どういうことよ……」

「戦略自衛隊から重ねて通過許可が……」

 葛城ミサトはぶち切れた。

「越権行為よ。第3新東京市からすぐに撤退するように伝えなさい。さもなくば、不法侵攻として攻撃します!」

「あ、はい、了解」

 ネルフ本部、ジオフロント、そして第3新東京市は日本国内とはいえ、ネルフが事実上の治外法権を持つ。

 日本の自衛隊はもちろん、国連軍といえども本部の許可無く侵入はできないはずである。

 下手なことをすれば政治問題に発展する。

 ……そんなことくらい分かっているはずなのに。

 それをおして許可前に部隊展開をしてきたということは、よほど焦っているのだろう。

「こりゃあ、なにかあるわね?」

「戦略自衛隊、撤退していきます」

「ロボットは?」

「1体をロスト。芦ノ湖に潜ったようです。もう1体は東部方面へ離脱」

 うーんと腕を組む葛城ミサト。

「反乱、ですかね?」

 日向マコトが推測を述べた。

「ありうる話ね」

 はた、と思い浮かぶ。

「シンジくんの居場所は? あの子、今日はデートだって芦ノ湖のほうに行ったのよ」

「サードチルドレンは市内に戻っているようです」

「無事なのね?」

 公私混同かと思われたが、司令も副司令も居ないんだからまあいいでしょ、と碇シンジの携帯電話に通信をつながせた。

「シンジくん?」

『あ、はい、ミサトさん?』

 デート帰りにしてはやや元気のない声に思われた。

「いまどこ? デートは終わったの?」

『ええ。なんか軍隊が動いてて。それで慌てて帰ってきたんです』

「ケガはなかった? 霧島さんは?」

『駅で別れました。ええ、無事ですよ』

「そ。今日も帰れないと思うから。レイとアスカだけ晩御飯、お願いね?」

『はい』

 通信が切れた後、伊吹マヤ。

「シンジくんも気の毒ですね。せっかくのデートだったのに」

「霧島さんって、こないだ加持さんが連れてた可愛い子だろ?」

「あ。そうですね。シンジくん、レイちゃんが居るのに浮気するから罰が当たったのかな」

「マヤちゃんはデートしないのかい?」

「あ、お忙しそうですから。今日も研究室で……」

「誰とデートするつもりだ?」

「あっ」

 なにやら間抜けな会話がオペレータの間でくり広げられているが、問題が使徒でないならネルフ本部発令所も特に用はない。

 警察か自衛隊の管轄であろう。

 ただ、葛城ミサトだけはどこか苦い思いをかみしめながら、ロストした未確認物体……ヒト型ロボットの解析データを見つめていた。

 先日来、頻出する戦略自衛隊という言葉が、とても気にくわなかった。



 惣流アスカもまた不機嫌だった。

 十番目の使徒殲滅以来、もやもやとしたものが胸の奥に巣くっている。

 ……初号機のATフィールド。

 あれほど凄まじい発現は、自分の記憶にはない。

 ……どういうことよ。

 と問い質したかったが。

 うまく言葉に出来ない。いや、なにを聞きたいのかさえ、自分でもよく分からない。

 そっと綾波レイに尋ねてもみたが、彼女も首をふるばかりだった。

 碇シンジの態度はなにも変わらない。

 いつものように食事の支度をし、朝には自分たちを起こしに来る。

 ……だけど。

 変わりが無さ過ぎる。

 霧島マナとのデートから帰ってきた日もそうだった。

 浮かれているわけでもなく、いつものように食事の支度をし、綾波レイの微かな笑みににこにこし、惣流アスカの厭味な言葉に苦笑する。

 そのまるで変わりのない日常が。

 ……なんか、逆に張りつめてるような気がすんのよね。

 いや、自分も。

 そして綾波レイも。

 三人ともが、必死で日常を繰り返していこうとしているような感じがあった。

 ……ミサトも帰ってこないしね。

 多忙なのだろう、滅多に帰宅せず、また帰宅しても子どもたちとは時間が合わない。

 いつもにやけて笑い飛ばす葛城ミサトがいれば。

 もう少し落ち着けていたかも知れない。

 ……霧島マナのことも気になるし。

「ねえ、シンジ」

「なに?」

「あんた、この間、戦自のロボット、見たんでしょ?」

「うん、見たよ」

「かたっぽは芦ノ湖に沈んだままだって言うけどさ。もう1体が見つかったの、知ってる?」

「あ、そうなの?」

「なんとかって滝にぶち当たって壊れてたって。パイロット、収容されたわよ。あたしたちと同い年の男の子だってさ」

 昨日、本部で確かめていた。

「そうか……」

「見に行ってみる?」

「パイロットを?」

「そうよ。もしかしたら霧島マナも来てるかも知んないわよ? デート以来、逢ってないんでしょ? あいつ学校、休んでるし」

 なんでマナが来るのさ? と唇を尖らせる碇シンジを予想していたが。

「そうだね」

 と答えられてつまってしまった。

 ……こいつ、なに考えてんのよ?

「レイ、あんたも行くのよ!」

 それで少年のために用意していた言葉を、朝食を終え食器を重ねている少女に向けた。

 綾波レイは沈黙をもって同意に代えた。



「ここよ」

 戦略自衛隊病院。

 一般市民にも開放されている救急病院ではあるが、その名の通り、戦略自衛隊が経営母体であり、どこか機密の臭いもする。

 この集中治療室にロボットのパイロットが入院しているはずだ。

「ほら。いくわよ」

 碇シンジと綾波レイは、院内の廊下をやや急ぎ足で進む惣流アスカに従った。

 浅利ケイタ。

 集中治療室のドアプレートにはそうあった。ロックされている。

「上から覗けるはずよ」

 手術室も兼ねているのだろう。横の階段から治療室の見学スペースへと昇ることができた。

 天窓のように開かれたガラス越しに、寝台に横たわる少年の姿を見下ろせた。

 酸素マスクに隠されて、顔はよく見えない。

 だが、戦略自衛隊決戦兵器のパイロット、と呼ぶには脆弱に過ぎる雰囲気がある。短く刈られた髪の下で八の字になった眉が、苦しげにしかめられている。

 その横で看護婦が一人、計器をいじっていた。

「開発中のロボットの暴走だってさ」

 戦略自衛隊からネルフにはそう連絡が来ている。

 ……逃げてきたのよね、本当は。

 惣流アスカは『以前』の記憶から知っている。

 訓練に耐えきれなくなった少年2人。

 親しかった霧島マナがスパイとして第2新東京に送り込まれ、訓練キャンプから姿を消したためもあったのか、訓練中に乗っていたロボットを駆って脱走した。

「かわいそうだよね」

 碇シンジは窓越しに見下ろしたまま、そう呟いた。

「シンジ……くん」

 後ろから声がかかる。

「マナ」

「ふん、やっぱり来たわね」

 惣流アスカが睨み付けた。手に花束を持っているところを見ると見舞いであろう。

「あんたの友達でしょ? あいつ」

「……そうよ」

「ほら、シンジ。これでわかったでしょ。こいつがスパイだって……」

 ドカッ!

 ガラス越しに鈍い音が響いてきた。

「ケイタ!」

 集中治療室に黒服の男たちが乱入してきていた。

 呆然と立ちつくしている看護婦に黒い銃器がつきつけられた。

 看護婦の動きを奪いながら、寝台の少年を数人が持ち上げる。

「誘拐?」

 慌てて階下に向かおうとする霧島マナの腕を、碇シンジがつかんだ。

「シンジくん」

「大丈夫だよ、マナ」

「ケイタが!」

「あの人たちは戦自じゃない。加持さんの部下だよ」

「加持さんってどういうことなの、シンジ!」

 詰め寄る惣流アスカに目で示す。

 見学スペースの廊下に加持リョウジの姿があった。

「よっ、シンジくん」

「すみませんでした、加持さん」

「いや。葛城のこともあるからな。それより」

「ぼくは本部に戻ります。マナをお願いします」

「わかった。いいんだな」

 碇シンジは頷くと、立ちすくんでいる霧島マナに向きあった。

「シンジくん……」

「ムサシくんには連絡が取れたの?」

「……知ってたのね?」

「加持さんと一緒に行って。悪いようにはしないから」

「あたしは。騙していたんじゃないの。ほんとうにシンジくんを」

「いいんだ」

 押しとどめて笑った。

「デート、楽しかった。ぼくも。ありがとう」

「シンジくん」

「待ちなさいよ、シンジ」

 惣流アスカは立ちふさがろうとしたが、加持リョウジに留められ、少年の後ろ姿を見送ることになってしまった。

「加持さん」

「待てよ、アスカ。これからやることが残ってる」

 霧島マナに真剣な目を向ける。

「ムサシくんを助けたいだろ? 俺と一緒に来てくれ」

「でも」

「シンジくんが言ってたろ? 悪いようにはしない。ちょっと怖い目にはあってもらわなくちゃならんが、大丈夫だ」

「なにをすればいいんですか?」

「俺を信用してくれ」

「加持さんってば!」

「アスカも一緒においで。説明するよ」

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