第27話「諜報」
「おめでとうございます!」
と声を合わせる。
決して狭くはないマンションだが、さすがにこの人数が寄ると窮屈な葛城邸リビングである。
どこにしまっていたのか、広げられた巨大な座卓の上には出前したピザ、チキンのパーティセット。さらに碇シンジのお手製ベジタブル料理。
それを前ににこにこと葛城ミサトが、集まった子どもたちの顔を見回す。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
鈴原トウジが声を張り上げる。
「ミサトはんのためやったら男鈴原……」
「企画したのは俺だよ?」
憮然と相田ケンスケ。
「ありがとうね、相田くん」
「い、いえ。不承相田ケンスケ、ミサトさんのために……」
「ミサトの昇進を教えたげたのはあたしじゃない」
冷たい目の惣流アスカ。
「ほんとよね、調子いいんだから」
並んで冷たい目を向ける洞木ヒカリ。相田ケンスケよりジャージの男に非難の色。
「な、なんで委員チョがここにおるんや?」
冷や汗まじりに話を逸らす。が、逸らせる方向を間違っている。
「あたしが呼んだのよ!」
案の定、惣流アスカに噛みつかれてますます首をすくめる。
「それより!」
ジロリと睨み付ける。
「なんであんたがここに居んのよ?」
「ぼくが呼んだんだよ」
にこにこと碇シンジ。隣に座る霧島マナの皿に、食事を取り分けて渡している。
「大勢のほうが楽しいでしょ?」
「すみません、おじゃましちゃって。ご迷惑でした?」
少しだけ小さくなって葛城ミサトに頭を下げる霧島マナ。
「いいのよん。アスカはシンちゃんの隣を取られちゃって焼いてるだけだからあ」
ちなみに、もう一方の隣は綾波レイが陣取っている。
「だーれが焼いてるですって!」
「あら、違うの?」
「違うわよ! ばかシンジが」
悲しまないように……などと言えるはずもなく、ううと詰まってしまった。
「よっ、にぎやかだなァ」
カチャリとドアが開いて無精髭が顔を出す。
「加持さん!」
「お邪魔するわよ、ミサト」
「なーんであんたたちが一緒に来んのよ?」
ビールを飲む手を止めて、後ろから現れた赤木リツコに疑いの眼。
「本部から直なんでね、一緒になっただけさ」
「焼いてんのはミサトのほうじゃないの!」
渡りに船とからかう惣流アスカである。
「シンジくんの友達って楽しそうで羨ましいな」
「霧島さんだって、同じ友達だよ?」
「うん、ありがと」
「そこ! 二人の世界を作ってんじゃない!」
「ようシンジくん。その子かい、噂の彼女って?」
「加持さん。ミサトさんの恋人だよ」
「はじめまして、霧島マナです」
「ちょっと、シンちゃん、誰が恋人よ!?」
「マナちゃんか、よろしくな」
「ばかシンジ! ジュース足りないわよ」
「なんや、複雑な人間関係やな?」
「ふふふ。そこが絵になるんじゃないか」
愛用のカメラが活躍する相田ケンスケであった。
「だ・か・ら! 霧島マナはスパイなのよ!」
「ちょっと、アスカ?」
夜も更け、さんざん騒ぎ食べ散らかした後のリビング。
葛城ミサト、碇シンジ、綾波レイと家族だけになったところで惣流アスカが爆発した。
「転校早々の女が『シンジくん』ですって? そんなうまい話が転がってるわけないじゃん。あんた、騙されてんのよっ」
「シンちゃん、もてるんでしょう? 別に不思議でもないじゃない」
「あー、こんな奴がもてるわけない!」
「そう?」
「そうよっ」
「だからって、スパイってのは酷いんじゃないの?」
「スパイなんだからスパイなの。シンジ!」
「なにさ」
「霧島マナって女、エヴァのこと色々、根ほり葉ほり訊きだそうとしてたんじゃないの?」
「そんなことはないよ」
「誤魔化しても無駄よ。あの女は、危険なの。不幸の種よ」
「まあまあ、アスカ」
さすがに葛城ミサトも困惑した表情。
「そこまで言わなくても……」
「あまいあまいあまい!」
だが惣流アスカの気炎は落ちない。
『以前』のような邪推ではない。事実として知っているのだ。
「レイ! あんただってそう思うでしょ?!」
「綾波」
「なに?」
「霧島さんと仲良くして上げてくれる?」
「……それがいいの?」
「うん」
「……わかったわ」
「な、なに納得してんのよ!」
地団駄を踏んだ。
「アスカもさ」
碇シンジは静かに見つめた。
「スパイだとかなんだとかって言わないで。洞木さんと同じように友達になってあげてよ」
「あんた、ばかぁ? ヒカリと同じに出きるわけないじゃん」
「どうして?」
「どうしてって……もういい! あたし、寝る」
真っ赤になってリビングを飛び出した。
「あんたなんか、勝手に不幸になってなさい!」
バタン、と派手な音を立てて自室のドアを閉める。
「アスカ、なにをムキになってんのかしら」
はぁ、と溜息をつく葛城ミサト。
「にしても、スパイってのもねえ。えらく短絡するわね?」
「ぼくは……」
ん? と沈んだ声に振り向く。
「楽しくしていたいんです。ミサトさんもアスカも綾波もマ……霧島さんも」
「ん。そうね、それはいいことだわ。人生、楽しくなくっちゃね」
「でもアスカはなんか怒っちゃったし」
「気にすることないわよ。さ、明日も学校でしょ。早く寝ちゃいなさい」
「……あなたのことを心配しているのよ」
ぽつりと綾波レイが呟いた。
「そう、なのかな?」
こくりと頷く綾波レイに笑った。
「ぼくに出来ることをするしかないから」
葛城ミサトは二人の子どもを見つめながら、思春期の恋愛ごっこのもつれ、と片づけるにはどこか違うものを感じていた。
ネルフ特殊監察部。
ネルフ内でも特殊な部署である。
国連直属、世界的規模の機関とはいえ、各国のネルフはそれぞれ独立した風潮がある。日本のネルフ本部が支部を統括しているわけではない。
日本ネルフを本部と呼ぶのは、エヴァンゲリオンの運用上の意味が多い。
実際、機関としての実働の歴史は、ドイツ支部が最も古かったし、設備的にもMAGIを除けばドイツのほうが優れているかも知れない。
運営経費の多くを所在地の国家予算に頼り、また構成要員もその国民を中心とするそれぞれの支部が、互いに敵視に近い感情を持つのは仕方がない。
その本部、支部ごとに独立した組織体系のネルフの中で、特殊監察部のみはその枠に囚われなかった。
特殊監察部部長職はネルフではなく、上位組織の国連機構の中にある。
それ故に、加持リョウジの立場はそれなりの特権を持ち、形式的には上司である碇ゲンドウとも同等に近いと言えた。
こうして所在なげにネルフ本部内をうろついているのも、また、彼の仕事である。
葛城ミサトに出くわせば、うろちょろするなと厭味の一つも喰らうだろうが、それは彼女が碇ゲンドウ不在の今、本部の最高責任者であるからではなく、もっと個人的な繋がりによるものだ。
その加持リョウジが、ひょっこりと男子ロッカールーム外れにある人気(ひとけ)のない自動販売機コーナーに顔を見せたのは、単に偶然だが。
そこに一人いた少年は、待っていたかのような笑いを向けた。
「おや、シンジくん。訓練は終わりかい?」
「ええ」
「ん? 綺麗なペンダントじゃないか。例の彼女からのプレゼントか?」
右手に緑の宝玉のペンダントを握りしめている。
「加持さん」
「ああ。アスカの言ったことを気にしてるのかい? 葛城に聞いたよ。俺もアスカの嫉妬だと思うよ。シンジくんもまったく、隅に置けないな」
「そうじゃないんです」
缶コーヒーを差し出しながら横に座った加持リョウジに真剣な目を向けた。
「霧島マナ。加持さん、聞き覚え、ないですか?」
「うん?」
紹介されたときは特に気に留めなかったが。
こう問いかけられると加持リョウジにも覚えはあった。
戦略自衛隊の特殊部隊。それに集められた14歳の少年少女たち。開発されているエヴァ対抗用の極秘兵器のパイロット。
「マナは、スパイなんです」
「おいおい、シンジくんまで疑うのかい?」
「疑ってるんじゃないんです。知ってるんです」
「シンジくん……」
「でも、ぼくにはマナを助ける力はありません。加持さん、どうすればマナを戦自から離れさせることができますか?」
「おい」
「助けて欲しいんです」
「……俺にそんな力があるって思うのか?」
「このままじゃ、マナは死んじゃうんです。N2爆雷で」
「何の話をしてるんだ?」
思わず声をひそめた。
「お願いします。ぼくの知っていること、話しますから」
「なにを知ってる?」
「……人類補完計画の真実です」
と声を合わせる。
決して狭くはないマンションだが、さすがにこの人数が寄ると窮屈な葛城邸リビングである。
どこにしまっていたのか、広げられた巨大な座卓の上には出前したピザ、チキンのパーティセット。さらに碇シンジのお手製ベジタブル料理。
それを前ににこにこと葛城ミサトが、集まった子どもたちの顔を見回す。
「ありがとう」
「どういたしまして!」
鈴原トウジが声を張り上げる。
「ミサトはんのためやったら男鈴原……」
「企画したのは俺だよ?」
憮然と相田ケンスケ。
「ありがとうね、相田くん」
「い、いえ。不承相田ケンスケ、ミサトさんのために……」
「ミサトの昇進を教えたげたのはあたしじゃない」
冷たい目の惣流アスカ。
「ほんとよね、調子いいんだから」
並んで冷たい目を向ける洞木ヒカリ。相田ケンスケよりジャージの男に非難の色。
「な、なんで委員チョがここにおるんや?」
冷や汗まじりに話を逸らす。が、逸らせる方向を間違っている。
「あたしが呼んだのよ!」
案の定、惣流アスカに噛みつかれてますます首をすくめる。
「それより!」
ジロリと睨み付ける。
「なんであんたがここに居んのよ?」
「ぼくが呼んだんだよ」
にこにこと碇シンジ。隣に座る霧島マナの皿に、食事を取り分けて渡している。
「大勢のほうが楽しいでしょ?」
「すみません、おじゃましちゃって。ご迷惑でした?」
少しだけ小さくなって葛城ミサトに頭を下げる霧島マナ。
「いいのよん。アスカはシンちゃんの隣を取られちゃって焼いてるだけだからあ」
ちなみに、もう一方の隣は綾波レイが陣取っている。
「だーれが焼いてるですって!」
「あら、違うの?」
「違うわよ! ばかシンジが」
悲しまないように……などと言えるはずもなく、ううと詰まってしまった。
「よっ、にぎやかだなァ」
カチャリとドアが開いて無精髭が顔を出す。
「加持さん!」
「お邪魔するわよ、ミサト」
「なーんであんたたちが一緒に来んのよ?」
ビールを飲む手を止めて、後ろから現れた赤木リツコに疑いの眼。
「本部から直なんでね、一緒になっただけさ」
「焼いてんのはミサトのほうじゃないの!」
渡りに船とからかう惣流アスカである。
「シンジくんの友達って楽しそうで羨ましいな」
「霧島さんだって、同じ友達だよ?」
「うん、ありがと」
「そこ! 二人の世界を作ってんじゃない!」
「ようシンジくん。その子かい、噂の彼女って?」
「加持さん。ミサトさんの恋人だよ」
「はじめまして、霧島マナです」
「ちょっと、シンちゃん、誰が恋人よ!?」
「マナちゃんか、よろしくな」
「ばかシンジ! ジュース足りないわよ」
「なんや、複雑な人間関係やな?」
「ふふふ。そこが絵になるんじゃないか」
愛用のカメラが活躍する相田ケンスケであった。
「だ・か・ら! 霧島マナはスパイなのよ!」
「ちょっと、アスカ?」
夜も更け、さんざん騒ぎ食べ散らかした後のリビング。
葛城ミサト、碇シンジ、綾波レイと家族だけになったところで惣流アスカが爆発した。
「転校早々の女が『シンジくん』ですって? そんなうまい話が転がってるわけないじゃん。あんた、騙されてんのよっ」
「シンちゃん、もてるんでしょう? 別に不思議でもないじゃない」
「あー、こんな奴がもてるわけない!」
「そう?」
「そうよっ」
「だからって、スパイってのは酷いんじゃないの?」
「スパイなんだからスパイなの。シンジ!」
「なにさ」
「霧島マナって女、エヴァのこと色々、根ほり葉ほり訊きだそうとしてたんじゃないの?」
「そんなことはないよ」
「誤魔化しても無駄よ。あの女は、危険なの。不幸の種よ」
「まあまあ、アスカ」
さすがに葛城ミサトも困惑した表情。
「そこまで言わなくても……」
「あまいあまいあまい!」
だが惣流アスカの気炎は落ちない。
『以前』のような邪推ではない。事実として知っているのだ。
「レイ! あんただってそう思うでしょ?!」
「綾波」
「なに?」
「霧島さんと仲良くして上げてくれる?」
「……それがいいの?」
「うん」
「……わかったわ」
「な、なに納得してんのよ!」
地団駄を踏んだ。
「アスカもさ」
碇シンジは静かに見つめた。
「スパイだとかなんだとかって言わないで。洞木さんと同じように友達になってあげてよ」
「あんた、ばかぁ? ヒカリと同じに出きるわけないじゃん」
「どうして?」
「どうしてって……もういい! あたし、寝る」
真っ赤になってリビングを飛び出した。
「あんたなんか、勝手に不幸になってなさい!」
バタン、と派手な音を立てて自室のドアを閉める。
「アスカ、なにをムキになってんのかしら」
はぁ、と溜息をつく葛城ミサト。
「にしても、スパイってのもねえ。えらく短絡するわね?」
「ぼくは……」
ん? と沈んだ声に振り向く。
「楽しくしていたいんです。ミサトさんもアスカも綾波もマ……霧島さんも」
「ん。そうね、それはいいことだわ。人生、楽しくなくっちゃね」
「でもアスカはなんか怒っちゃったし」
「気にすることないわよ。さ、明日も学校でしょ。早く寝ちゃいなさい」
「……あなたのことを心配しているのよ」
ぽつりと綾波レイが呟いた。
「そう、なのかな?」
こくりと頷く綾波レイに笑った。
「ぼくに出来ることをするしかないから」
葛城ミサトは二人の子どもを見つめながら、思春期の恋愛ごっこのもつれ、と片づけるにはどこか違うものを感じていた。
ネルフ特殊監察部。
ネルフ内でも特殊な部署である。
国連直属、世界的規模の機関とはいえ、各国のネルフはそれぞれ独立した風潮がある。日本のネルフ本部が支部を統括しているわけではない。
日本ネルフを本部と呼ぶのは、エヴァンゲリオンの運用上の意味が多い。
実際、機関としての実働の歴史は、ドイツ支部が最も古かったし、設備的にもMAGIを除けばドイツのほうが優れているかも知れない。
運営経費の多くを所在地の国家予算に頼り、また構成要員もその国民を中心とするそれぞれの支部が、互いに敵視に近い感情を持つのは仕方がない。
その本部、支部ごとに独立した組織体系のネルフの中で、特殊監察部のみはその枠に囚われなかった。
特殊監察部部長職はネルフではなく、上位組織の国連機構の中にある。
それ故に、加持リョウジの立場はそれなりの特権を持ち、形式的には上司である碇ゲンドウとも同等に近いと言えた。
こうして所在なげにネルフ本部内をうろついているのも、また、彼の仕事である。
葛城ミサトに出くわせば、うろちょろするなと厭味の一つも喰らうだろうが、それは彼女が碇ゲンドウ不在の今、本部の最高責任者であるからではなく、もっと個人的な繋がりによるものだ。
その加持リョウジが、ひょっこりと男子ロッカールーム外れにある人気(ひとけ)のない自動販売機コーナーに顔を見せたのは、単に偶然だが。
そこに一人いた少年は、待っていたかのような笑いを向けた。
「おや、シンジくん。訓練は終わりかい?」
「ええ」
「ん? 綺麗なペンダントじゃないか。例の彼女からのプレゼントか?」
右手に緑の宝玉のペンダントを握りしめている。
「加持さん」
「ああ。アスカの言ったことを気にしてるのかい? 葛城に聞いたよ。俺もアスカの嫉妬だと思うよ。シンジくんもまったく、隅に置けないな」
「そうじゃないんです」
缶コーヒーを差し出しながら横に座った加持リョウジに真剣な目を向けた。
「霧島マナ。加持さん、聞き覚え、ないですか?」
「うん?」
紹介されたときは特に気に留めなかったが。
こう問いかけられると加持リョウジにも覚えはあった。
戦略自衛隊の特殊部隊。それに集められた14歳の少年少女たち。開発されているエヴァ対抗用の極秘兵器のパイロット。
「マナは、スパイなんです」
「おいおい、シンジくんまで疑うのかい?」
「疑ってるんじゃないんです。知ってるんです」
「シンジくん……」
「でも、ぼくにはマナを助ける力はありません。加持さん、どうすればマナを戦自から離れさせることができますか?」
「おい」
「助けて欲しいんです」
「……俺にそんな力があるって思うのか?」
「このままじゃ、マナは死んじゃうんです。N2爆雷で」
「何の話をしてるんだ?」
思わず声をひそめた。
「お願いします。ぼくの知っていること、話しますから」
「なにを知ってる?」
「……人類補完計画の真実です」