第20話「水着」
「遅〜い。さっさと歩く!」
「そんなこと言ったってさ」
「売り切れちゃってたら、あんたのせいだからね!」
人混みをかき分けるようにして、碇シンジは金茶になびく髪の毛を追っていた。
……こんな時間もあったんだ。
感慨に耽っている余裕はなかったが。
日曜日の第3新東京市中央区。ネルフ関係の公務車両以外の全ての乗り入れが禁止された、俗に言う歩行者天国。
ようやく兵装ビルの整備がほぼ完成し、都市は落ち着きを見せていた。
いくつかのレジャー施設が同時オープンし、遷都を見越して建設されていた大規模デパートも初めてのバーゲンセールを企画した。
どこから湧いてきたのか……そんな陳腐な表現がぴったりくるような人出で埋め尽くされている。
「ほら、ここよ」
惣流アスカは『以前』加持リョウジにねだってやってきたスポーツ用品専用デパートメントのお供に、碇シンジを連れてきていた。
「すっごい」
演技ではなく目を丸くする。
各種スポーツ用品がフロア毎に種別をわけられ、まるで倉庫から溢れるように積み重ねられていた。
運動にはとんと縁がない碇シンジには、見たこともない光景。
「ぼうっとしてないで」
手をつかまれ、ひっぱられる。
「あんたのも見なきゃなんないんだからさ」
「ぼくの?」
「そうよ。あんた、まともな水着、持ってんの?」
「あ」
……そっか、ぼくも泳がなきゃならないんだ。し、しまった。
一瞬、心の底から後悔した。
……泳げないんだよね、ぼく。まずい。カヲルくんは泳げるのかな?
神頼み状態になっている。だが、心の融合は運動能力まで面倒を見てくれなかった。
ずいぶん情けない顔で所狭しと並べられた色とりどりの水着の壁を見回す碇シンジは、握った手の感触に頬を染めている惣流アスカの姿に気づかなかった。
昨夜の葛城家食卓。
相も変わらず愛飲の缶ビールを片手に舌鼓を打つ葛城ミサトの前で、シンジ特製ベジタブル・スパゲティをつつきながら溜息をついた。
「はーあ、もうすぐ修学旅行かぁ」
「あら、アスカ、修学旅行、行きたくないの? そりゃ良かったわ」
気楽に話す葛城ミサトをジロッと睨み付ける。
「悪いんだけどさ、パイロットは常に戦闘待機だから。修学旅行へ行かせてあげらんないのよ」
「誰が行きたくないっていったのよ!」
「あら、だって」
「わかってるわよ、戦闘待機くらい。だから溜息ついてんでしょうが」
溜息一つで済ませてくれるとは物わかりのいい、と感心する葛城ミサト。
惣流アスカの隣で黙々とフォークを動かす綾波レイは、まったく問題あるまいと、自分の隣の碇シンジに話をふる。
「シンちゃんも、いいわね?」
「よくありません」
へっ? と目を剥いてしまった。
使徒戦には極めて積極的な碇シンジが納得しないとは予想しなかった。
「いいじゃないですか、修学旅行くらい、行っても。国外ってわけじゃないんですし」
目的地は沖縄である。
「いや、だってね」
惣流アスカもあっけにとられていた。
綾波レイも手をとめて様子を伺っている。
「ぼくたちって、契約して給料もらってるわけじゃないですし、待機義務なんてないですよ?」
「そりゃそうなんだけど」
そう、惣流アスカは確かに契約書があるが、それを交わしたのは彼女の両親であり、法的なことを言えば、無効である。少女の意思を無視して縛り付ける権利はない。
綾波レイは、契約云々などという問題ではないし、碇シンジもまた、総司令の子息ということと本人がエヴァパイロットとしての責務に十分積極的だったため、誰も法的な問題を言い出す者がおらず、うやむやであった。
よく言っても子どもたちの正義感に頼っている、悪く言えば既成事実で騙しているようなもの。
それが分かっているだけに、権利だの義務だのという言葉を出されると弱い。
そんなことを言い出す子どもたちではないからと甘えていただけの話である。
「それに、沖縄には国連軍の基地がありますから。もしもの時には高速戦闘機、飛ばしてもらえれば半時間で帰って来れますよ。
ネルフってそれくらいの権限、持ってるんでしょう?」
「え、ええ」
お願いします、と碇シンジは真剣な顔を見せた。
「アスカと綾波だけでも。本部にはぼくが待機しますから」
「ちょ、ちょっとシンジ?」
「アスカも修学旅行、行きたいんだろ?」
「そりゃ……そうだけどさ」
「綾波も、ね」
「……わたしは」
「行ったほうがいいよ。ぼくやアスカとだけじゃなくて、クラスのみんなとも仲良くしなきゃ」
包むように微笑んだ。
「ね?」
「……そうね」
納得したのかどうかは分からないが、戸惑ったように答える。
うん、とにこにこ笑って、もう一度、葛城ミサトに縋るような目を向ける碇シンジ。
「あー、わかったわよ!」
ついにミサトも音(ね)を上げた。
「シンちゃんも待機してなくて良いわよ、一緒に行って来ンなさい」
「ほんと?」
思わぬ成り行きに喜びの叫びを上げる惣流アスカ。
「行ってもいいの?」
「良いわよ、まったく。その代わり、ゆっくり出来るとは保証しないわよ? 着いたばかりでも、緊急事態が起これば容赦なく呼び戻すからね」
「わかってるわよ」
修学旅行の行程は3日間。『以前』の歴史通りであれば、使徒捕獲に灼熱のマグマに潜らされるのは、その3日目のことであるはず。
……ちょっと忙しいけどぉ。2日目のスクーバダイビングは出来るもんね。
とほくほく顔である。
「ありがとうございます、ミサトさん! ミサトさんならきっと許してくれると思ってました」
碇シンジのこぼれるような笑顔に、葛城ミサトも苦笑する。
「はいはい、お世辞は良いわよ。それよりシンちゃん?」
「はい?」
「シンちゃんの知恵じゃないでしょ?」
「あ、やっぱ、わかります?」
てへへ、と頭をかく。
「どうしても修学旅行に行かせてあげたい、って加持さんに相談したら、こう言えばいいって教えてくれたんです」
「加持ぃ? やっぱねえ、あの野郎」
「加持さんが? そうよね、ばかシンジにしては切れると思ったのよね」
「なんだよ、アスカ。その言い方」
「あらん、アスカぁ? シンちゃんったら、アスカが行きたがってるから頭、ひねってくれたんじゃないの?」
「ふん。どうせレイのためでしょ!」
しかし、ほんのり顔が赤い。
「じゃ、じゃあシンジの努力に免じて、次の日曜日に買い物につきあわせてあげるわよ」
「なんだよ、それ?」
「修学旅行に行けるんなら、水着、買わなきゃ。レイもいくのよ?」
「……わたしはいい。持ってるから」
「ああ、あの白いやつ?」
確かに可愛いけど。
「シンジも行くんだから、ついて来なさいよ」
「……日曜日、検査が入っているから」
「そ、そう。じゃ、仕方ないわね。シンジ! あたしと二人っきりよ。感謝しなさい!」
ううん、なんか違うような気がする、と碇シンジ。
もっとも内心、まんざらではないこともなかったが、綾波レイの視線が怖かったので表情には出さないことを学んだ、少しずるい少年であった。
やっぱ迷っちゃうわねえ、あ、あったあった、赤と白のストライプ・ビキニ。
だっさださぁ。
よくこんなの買っちゃったもんだわ。
うーん、花柄ってのもいまいちよね?
レイはあの純白ワンピースかあ。あれって単純なくせに大人よね。
誰に買ってもらったんだろ? あいつが自分で選ぶってのも想像できないし。
リツコの趣味かな?
ミサトもリツコもセンスは良いのよね。
ミサトはちょっと、お水、入ってるけど。
レイなんかに負けられないし。
あー、考えてみればシンジなんて連れてきても役に立たないのよねぇ。
女性用の水着コーナーに入って来れるわけないし。
センスも信用できないし。
だいたい、着たところを見せるまでは、秘密にしとかなきゃね。
ううん。
迷う迷う。やっぱ、あたしのカラーは赤かなあ。
……と。
すでに1時間以上はあれこれ悩んでいる惣流アスカの姿を遠くに見ながら、碇シンジは待つことに疲れ果てていた。
周りを見回すと、カップルが楽しそうに水着を選んでいるが、大人ばかりだ。
自分と同じ中学生など見かけない。
ディスプレイされている水着に目を落とす。極端に布地の少ないデザイン。メタリックな質感が光線に煌めいている。
つい、頭の中で惣流アスカに着せてみる。赤くなる。
綾波レイにも着せてみる。さらに赤くなる。
……膨張してしまった。
「シンジやないか。なにやっとんねん?」
びくっと飛び上がる。
「あ、トウジ。ケンスケも」
「かぁ、やっぱセンセはすけべやなあ」
「ち、ちがうって」
「いやぁ、すごいすごい、すごすぎる〜」
「おい、こんなとこでカメラ構えるなや」
「ケンスケってやっぱり危ないね」
「こいつは特別や……ほんまに、なにしてたんや?」
「え、ちょっと」
「水着だろ? 修学旅行の?」
「ケンスケたちはなにしにきたの?」
「わいはバスケットシューズ、買いに来たんや。特売やっちゅうさかいな。そやけどここ広すぎるで」
「うろちょろしてたらシンジを見つけてさ」
「嘘こけ、お前はビキニしか見てへんかったやないか」
「水着は男の……」
「ロマンなの?」
「そうさ! いやあ、シンジもだんだん分かってきたじゃないか」
「分かりたくないけど」
分かりそうな気がするのが怖い。
「シンジ!」
「あ、アスカ、決まった?」
「うん、待たせたわね」
「そ、惣流!」
「あら、ジャージにカメラ」
「お前ら、一緒やったんかい」
「シンジ。お前、まさか惣流とデート?」
「な、なんやてー。ほんまか。あ、綾波ばかりか惣流まで……!」
「いや、そんなんじゃないよ」
「じゃあ、どんなのよ?」
「アスカ?」
「ゆ、ゆるせん、これは許せんで〜!」
「死刑に値するね!」
「痛いって、もう。やめてよ、恥ずかしいよ」
クラスメイトの嫉妬にかられた攻撃は、舞台を男性水着売場に移してようやくおさまった。
「いっぱいあるねんなあ。わいも新調、しょうかいな」
「ね、シンジ。これなんかどうよ?」
「ゾウリムシみたいで、やだな」
「シンジ、これにしろ」
相田ケンスケに手渡されるビキニタイプ。
純白の真ん中に一点、深紅の円。
斜めに流れる漢字で「平常心」。
「こ、こんなのどっから見つけてきたんだよ」
「あら、オリエンタルな感じでいいじゃない?」
「本気で言ってる?」
わいはこれにしとこか、と鈴原トウジ。
漆黒のトランクス。
「あんた、それじゃジャージと同んなじ色じゃない」
「あほ、黒は男の色じゃ」
「だっさぁ。って、シンジ、えらく派手なの、握ってるわね」
無意識に取り上げていただけだった。
「紫はオカマの色だぜ」
「シンジぃ?」
「え? いや、そんなの知らないよぅ。初号機の色だからだよ」
……うう、カヲルくんの影響かなぁ?
ちょっと泣きたくなる。
結局、惣流アスカの選んだ淡い青のトランクスをレジに差し出した。
「ケンスケは買わないの?」
「あ、俺はいいの。ネットで買ったから」
「ネットって?」
「通販だよ。非売品の流出もの」
「へえ?」
「ふふふ、聞いて驚くなよ。ネルフのロゴマーク入り海パンだぜ」
「げ? そんなのあるわけ?」
「ああ。職員用らしいぜ」
「うーん」
そういえば本部の備品も全部、ネルフのロゴが入っていたな、と思い返す。
それにしても。
「そんなもん、嬉しいか? お前、ほんま変わっとるわ」
うんうんと頷く碇シンジと惣流アスカである。
「そんなこと言ったってさ」
「売り切れちゃってたら、あんたのせいだからね!」
人混みをかき分けるようにして、碇シンジは金茶になびく髪の毛を追っていた。
……こんな時間もあったんだ。
感慨に耽っている余裕はなかったが。
日曜日の第3新東京市中央区。ネルフ関係の公務車両以外の全ての乗り入れが禁止された、俗に言う歩行者天国。
ようやく兵装ビルの整備がほぼ完成し、都市は落ち着きを見せていた。
いくつかのレジャー施設が同時オープンし、遷都を見越して建設されていた大規模デパートも初めてのバーゲンセールを企画した。
どこから湧いてきたのか……そんな陳腐な表現がぴったりくるような人出で埋め尽くされている。
「ほら、ここよ」
惣流アスカは『以前』加持リョウジにねだってやってきたスポーツ用品専用デパートメントのお供に、碇シンジを連れてきていた。
「すっごい」
演技ではなく目を丸くする。
各種スポーツ用品がフロア毎に種別をわけられ、まるで倉庫から溢れるように積み重ねられていた。
運動にはとんと縁がない碇シンジには、見たこともない光景。
「ぼうっとしてないで」
手をつかまれ、ひっぱられる。
「あんたのも見なきゃなんないんだからさ」
「ぼくの?」
「そうよ。あんた、まともな水着、持ってんの?」
「あ」
……そっか、ぼくも泳がなきゃならないんだ。し、しまった。
一瞬、心の底から後悔した。
……泳げないんだよね、ぼく。まずい。カヲルくんは泳げるのかな?
神頼み状態になっている。だが、心の融合は運動能力まで面倒を見てくれなかった。
ずいぶん情けない顔で所狭しと並べられた色とりどりの水着の壁を見回す碇シンジは、握った手の感触に頬を染めている惣流アスカの姿に気づかなかった。
昨夜の葛城家食卓。
相も変わらず愛飲の缶ビールを片手に舌鼓を打つ葛城ミサトの前で、シンジ特製ベジタブル・スパゲティをつつきながら溜息をついた。
「はーあ、もうすぐ修学旅行かぁ」
「あら、アスカ、修学旅行、行きたくないの? そりゃ良かったわ」
気楽に話す葛城ミサトをジロッと睨み付ける。
「悪いんだけどさ、パイロットは常に戦闘待機だから。修学旅行へ行かせてあげらんないのよ」
「誰が行きたくないっていったのよ!」
「あら、だって」
「わかってるわよ、戦闘待機くらい。だから溜息ついてんでしょうが」
溜息一つで済ませてくれるとは物わかりのいい、と感心する葛城ミサト。
惣流アスカの隣で黙々とフォークを動かす綾波レイは、まったく問題あるまいと、自分の隣の碇シンジに話をふる。
「シンちゃんも、いいわね?」
「よくありません」
へっ? と目を剥いてしまった。
使徒戦には極めて積極的な碇シンジが納得しないとは予想しなかった。
「いいじゃないですか、修学旅行くらい、行っても。国外ってわけじゃないんですし」
目的地は沖縄である。
「いや、だってね」
惣流アスカもあっけにとられていた。
綾波レイも手をとめて様子を伺っている。
「ぼくたちって、契約して給料もらってるわけじゃないですし、待機義務なんてないですよ?」
「そりゃそうなんだけど」
そう、惣流アスカは確かに契約書があるが、それを交わしたのは彼女の両親であり、法的なことを言えば、無効である。少女の意思を無視して縛り付ける権利はない。
綾波レイは、契約云々などという問題ではないし、碇シンジもまた、総司令の子息ということと本人がエヴァパイロットとしての責務に十分積極的だったため、誰も法的な問題を言い出す者がおらず、うやむやであった。
よく言っても子どもたちの正義感に頼っている、悪く言えば既成事実で騙しているようなもの。
それが分かっているだけに、権利だの義務だのという言葉を出されると弱い。
そんなことを言い出す子どもたちではないからと甘えていただけの話である。
「それに、沖縄には国連軍の基地がありますから。もしもの時には高速戦闘機、飛ばしてもらえれば半時間で帰って来れますよ。
ネルフってそれくらいの権限、持ってるんでしょう?」
「え、ええ」
お願いします、と碇シンジは真剣な顔を見せた。
「アスカと綾波だけでも。本部にはぼくが待機しますから」
「ちょ、ちょっとシンジ?」
「アスカも修学旅行、行きたいんだろ?」
「そりゃ……そうだけどさ」
「綾波も、ね」
「……わたしは」
「行ったほうがいいよ。ぼくやアスカとだけじゃなくて、クラスのみんなとも仲良くしなきゃ」
包むように微笑んだ。
「ね?」
「……そうね」
納得したのかどうかは分からないが、戸惑ったように答える。
うん、とにこにこ笑って、もう一度、葛城ミサトに縋るような目を向ける碇シンジ。
「あー、わかったわよ!」
ついにミサトも音(ね)を上げた。
「シンちゃんも待機してなくて良いわよ、一緒に行って来ンなさい」
「ほんと?」
思わぬ成り行きに喜びの叫びを上げる惣流アスカ。
「行ってもいいの?」
「良いわよ、まったく。その代わり、ゆっくり出来るとは保証しないわよ? 着いたばかりでも、緊急事態が起これば容赦なく呼び戻すからね」
「わかってるわよ」
修学旅行の行程は3日間。『以前』の歴史通りであれば、使徒捕獲に灼熱のマグマに潜らされるのは、その3日目のことであるはず。
……ちょっと忙しいけどぉ。2日目のスクーバダイビングは出来るもんね。
とほくほく顔である。
「ありがとうございます、ミサトさん! ミサトさんならきっと許してくれると思ってました」
碇シンジのこぼれるような笑顔に、葛城ミサトも苦笑する。
「はいはい、お世辞は良いわよ。それよりシンちゃん?」
「はい?」
「シンちゃんの知恵じゃないでしょ?」
「あ、やっぱ、わかります?」
てへへ、と頭をかく。
「どうしても修学旅行に行かせてあげたい、って加持さんに相談したら、こう言えばいいって教えてくれたんです」
「加持ぃ? やっぱねえ、あの野郎」
「加持さんが? そうよね、ばかシンジにしては切れると思ったのよね」
「なんだよ、アスカ。その言い方」
「あらん、アスカぁ? シンちゃんったら、アスカが行きたがってるから頭、ひねってくれたんじゃないの?」
「ふん。どうせレイのためでしょ!」
しかし、ほんのり顔が赤い。
「じゃ、じゃあシンジの努力に免じて、次の日曜日に買い物につきあわせてあげるわよ」
「なんだよ、それ?」
「修学旅行に行けるんなら、水着、買わなきゃ。レイもいくのよ?」
「……わたしはいい。持ってるから」
「ああ、あの白いやつ?」
確かに可愛いけど。
「シンジも行くんだから、ついて来なさいよ」
「……日曜日、検査が入っているから」
「そ、そう。じゃ、仕方ないわね。シンジ! あたしと二人っきりよ。感謝しなさい!」
ううん、なんか違うような気がする、と碇シンジ。
もっとも内心、まんざらではないこともなかったが、綾波レイの視線が怖かったので表情には出さないことを学んだ、少しずるい少年であった。
やっぱ迷っちゃうわねえ、あ、あったあった、赤と白のストライプ・ビキニ。
だっさださぁ。
よくこんなの買っちゃったもんだわ。
うーん、花柄ってのもいまいちよね?
レイはあの純白ワンピースかあ。あれって単純なくせに大人よね。
誰に買ってもらったんだろ? あいつが自分で選ぶってのも想像できないし。
リツコの趣味かな?
ミサトもリツコもセンスは良いのよね。
ミサトはちょっと、お水、入ってるけど。
レイなんかに負けられないし。
あー、考えてみればシンジなんて連れてきても役に立たないのよねぇ。
女性用の水着コーナーに入って来れるわけないし。
センスも信用できないし。
だいたい、着たところを見せるまでは、秘密にしとかなきゃね。
ううん。
迷う迷う。やっぱ、あたしのカラーは赤かなあ。
……と。
すでに1時間以上はあれこれ悩んでいる惣流アスカの姿を遠くに見ながら、碇シンジは待つことに疲れ果てていた。
周りを見回すと、カップルが楽しそうに水着を選んでいるが、大人ばかりだ。
自分と同じ中学生など見かけない。
ディスプレイされている水着に目を落とす。極端に布地の少ないデザイン。メタリックな質感が光線に煌めいている。
つい、頭の中で惣流アスカに着せてみる。赤くなる。
綾波レイにも着せてみる。さらに赤くなる。
……膨張してしまった。
「シンジやないか。なにやっとんねん?」
びくっと飛び上がる。
「あ、トウジ。ケンスケも」
「かぁ、やっぱセンセはすけべやなあ」
「ち、ちがうって」
「いやぁ、すごいすごい、すごすぎる〜」
「おい、こんなとこでカメラ構えるなや」
「ケンスケってやっぱり危ないね」
「こいつは特別や……ほんまに、なにしてたんや?」
「え、ちょっと」
「水着だろ? 修学旅行の?」
「ケンスケたちはなにしにきたの?」
「わいはバスケットシューズ、買いに来たんや。特売やっちゅうさかいな。そやけどここ広すぎるで」
「うろちょろしてたらシンジを見つけてさ」
「嘘こけ、お前はビキニしか見てへんかったやないか」
「水着は男の……」
「ロマンなの?」
「そうさ! いやあ、シンジもだんだん分かってきたじゃないか」
「分かりたくないけど」
分かりそうな気がするのが怖い。
「シンジ!」
「あ、アスカ、決まった?」
「うん、待たせたわね」
「そ、惣流!」
「あら、ジャージにカメラ」
「お前ら、一緒やったんかい」
「シンジ。お前、まさか惣流とデート?」
「な、なんやてー。ほんまか。あ、綾波ばかりか惣流まで……!」
「いや、そんなんじゃないよ」
「じゃあ、どんなのよ?」
「アスカ?」
「ゆ、ゆるせん、これは許せんで〜!」
「死刑に値するね!」
「痛いって、もう。やめてよ、恥ずかしいよ」
クラスメイトの嫉妬にかられた攻撃は、舞台を男性水着売場に移してようやくおさまった。
「いっぱいあるねんなあ。わいも新調、しょうかいな」
「ね、シンジ。これなんかどうよ?」
「ゾウリムシみたいで、やだな」
「シンジ、これにしろ」
相田ケンスケに手渡されるビキニタイプ。
純白の真ん中に一点、深紅の円。
斜めに流れる漢字で「平常心」。
「こ、こんなのどっから見つけてきたんだよ」
「あら、オリエンタルな感じでいいじゃない?」
「本気で言ってる?」
わいはこれにしとこか、と鈴原トウジ。
漆黒のトランクス。
「あんた、それじゃジャージと同んなじ色じゃない」
「あほ、黒は男の色じゃ」
「だっさぁ。って、シンジ、えらく派手なの、握ってるわね」
無意識に取り上げていただけだった。
「紫はオカマの色だぜ」
「シンジぃ?」
「え? いや、そんなの知らないよぅ。初号機の色だからだよ」
……うう、カヲルくんの影響かなぁ?
ちょっと泣きたくなる。
結局、惣流アスカの選んだ淡い青のトランクスをレジに差し出した。
「ケンスケは買わないの?」
「あ、俺はいいの。ネットで買ったから」
「ネットって?」
「通販だよ。非売品の流出もの」
「へえ?」
「ふふふ、聞いて驚くなよ。ネルフのロゴマーク入り海パンだぜ」
「げ? そんなのあるわけ?」
「ああ。職員用らしいぜ」
「うーん」
そういえば本部の備品も全部、ネルフのロゴが入っていたな、と思い返す。
それにしても。
「そんなもん、嬉しいか? お前、ほんま変わっとるわ」
うんうんと頷く碇シンジと惣流アスカである。