第10話「誤算」
「使徒、エネルギー反応、依然強大です」
日向マコトの報告。
顔をしかめるものの、どこか余裕の葛城ミサト。
「初号機に吹っ飛ばされたのに、しつこいわね」
発令所の面々は、戦局が有利だと感じていた。
「まあ、交戦域が市街地から離れただけでも助かるわ」
離脱命令無視は問題だが、そもそもパレットライフルによる攻撃が作戦ミスだったかもしれない。
ともあれ現在は戦闘中。
のんびり反省している時ではない。
変化する状況に即応することを優先する。
「瞬間機動速度はかなりのものね」
常時解析を進めているディスプレイを見て、赤木リツコが首をひねる。
初号機にこれほどの高機動が可能だとは予想していなかった。
シンクロ率は戦闘中も変わらず、40パーセントを少し越える程度だというのに。
「こうなりゃ接近戦ね」
葛城ミサトも作戦変更を決断。
が、作戦行動に際しての弱点がエヴァンゲリオンにはある。
アンビリカルケーブル。
エヴァの「ヘソの緒」ともいえる電力供給ケーブル。
これがエヴァンゲリオンの行動半径を極端に制限していた。
使徒に接近するには長さが足りない。
より使徒に近い場所にある電源供給システムビルにあるケーブルに繋ぎ変える必要があった。
「シンジくん? 現在のアンビリカルケーブルを外して使徒に接近して」
中央作戦室床面の立体投射スクリーンに表示されている市街地図をちらりと確認する。
「市街外れの14番ケーブルを装着、いい?」
返事がなかった。
サブモニタに映る碇シンジは、なにかに気を取られている様子。
「ケーブル着脱の時間は、援護射撃でかせぐから。急いで」
なにぼんやりしてるのかしら?
続けて、市街周辺部兵装ビルから使徒へのミサイル攻撃を指示しようとした時に、パイロットの緊迫した通信が入った。
『駄目です! 使徒の横にトウジたちが!』
「トウジ?」
意味が分からず混乱する。
一瞬遅れて、青葉シゲルが声を上げた。
「使徒近接50メートルに人影2!」
情報パネルに立体投影されるパーソナルデータ。
鈴原トウジ。
相田ケンスケ。
「シンジくんの……クラスメート?」
葛城ミサトにも見覚えがある。
ミサイルによる援護射撃どころではない。
使徒が下手に動いただけでも巻き添えになってしまう。
鞭のように振るわれる触手が剣呑すぎた。
「なんであんなところに……」
使徒殲滅が最優先。
たかが民間人2名の犠牲など問題にすべきではないのが指揮官。
しかし。
碇シンジにクラスメイトを見捨てろとは言えなかった。
だからといって。
どうしようもないじゃない……!
葛城ミサトが、らしからぬ逡巡を見せたとき。
「エヴァ初号機、アンビリカルケーブルを切除!」
「エヴァ、内部電源に切り替わりました」
碇シンジが動き出した。
「シンジくん?」
アンビリカルケーブルから解き放たれ身軽になった初号機は、使徒めがけて全力疾走に入っていた。
友人を諦め、最初の命令に従って使徒殲滅を決意したのか?
それにしては動きがおかしい。
「電源ビルじゃなくて、使徒に直接向かってるの?」
「初号機、プログレッシブ・ナイフを装備しました!」
駆けながら右手に握る。
「これは? 初号機、高機動モードに入っています」
伊吹マヤの驚く声。
5分弱とあった内蔵電源の残時間表示が一気に2分台へと飛んでいる。
「シンジくん! どういうつもり?」
ほぼ一瞬と思える時間で、エヴァンゲリオン初号機は使徒に肉薄した。
プログレッシブ・ナイフを両手で固く持ち直し、腰撓めにする。
「だめよ、シンジくん! 使徒はまだ生きているのよ!」
ナイフの運用は生身の人間でも人造人間でも変わりはない。
両手で携えるほうが威力は増すだろうが。
それでは、使徒の触手攻撃を防げなくなってしまう。
葛城ミサトの忠告が終わるか終わらぬかのうちに。
使徒はエヴァンゲリオンに向かって触手を撃ち出した。
まずは右触手、次いで左触手。
伸びる鞭のように初号機をなぎ払おうと動く。
その刹那。
ブンッ!
エヴァンゲリオン初号機が横にズレるように動いた。
鞭を避けたのではない。
鞭の軌道の真正面に身体をさらした。
「初号機、腹部装甲に亀裂……いや、貫かれました!」
さらに。
ブンッ!
再びの高機動。
刺し貫かれた触手をそのままに、襲い来るもう一方の触手の軌道に身をさらす。
「また!」
すでに日向マコトの報告は事態に追いつかない。
2本の触手が深々と初号機の腹部を貫通していた。
傷口からエヴァンゲリオンの血漿が飛び散った。
「初号機のダメージは?!」
青ざめている赤木リツコ。
「機能中枢に異常なし。動けます。……内部電源残90秒を切りました!」
伊吹マヤの悲壮な声。
だが。
エヴァンゲリオン初号機は止まらない。
腹部に深く触手を食い込ませたまま、使徒めがけて腕を伸ばした。
「あ……肉を切らせて骨を断つってわけ?」
葛城ミサトのつぶやきに、発令所スタッフもようやく碇シンジの意図を悟った。
初号機を刺し貫いたことで、使徒は自らの飛翔能力を封じ込めてしまっていた。
間合いも取れない。
最初の交戦時のようにはね飛ばされることもない。
初号機の繰り出したプログ・ナイフが使徒のコアに食い込んでいた。
「な、なるほど」
日向マコトが感嘆のつぶやきをもらした。
行動を完全に封じられた使徒は、動くこともならず。
交戦域間近で腰を抜かせて座り込んでいる鈴原トウジ、相田ケンスケも、巻き起こる粉塵をかぶる程度のことで済んでいた。
僥倖といえるかもしれないが、結果は正しかった。
プログ・ナイフが差し込まれたコアは、激しく明滅を繰り返しているものの、崩壊寸前は明らか。
使徒殲滅は時間の問題と思われた。
スタッフの緊張がとけかける。
その時。
「碇くんがおかしい」
「え?」
綾波レイの声に数瞬遅れて。
『ぐぁああああああ……』
碇シンジの苦悶の叫びが発令所を覆いつくした。
「なに!?」
「パ、パイロットの生命維持に異常発生! 腹部より出血!」
慌ててサブスクリーンのエントリープラグ内映像を拡大する。
碇シンジのプラグスーツに血が滲んでいた。
口からも吐血しているらしい。
「エヴァからのフィードバック? まさか!」
40パーセント程度のシンクロ率で、外傷が発生するなんてありえないのよ!
狂ったようにコンソールに指を踊らせる赤木リツコ。
葛城ミサトは唇をかみしめる。
ゆるみかけていた空気が再び張りつめた。
「使徒の状況はどう?」
「エネルギー反応、微弱ですが、まだ」
微かではあるが、初号機の背中に抜けた触手もゆらめいている。
「内部電源残30秒です」
「救急回収班、待機させて」
怨念で死なないものかと、スクリーンの使徒を睨み付ける。
「使徒、エネルギー反応ゼロ! 完全に沈黙しました」
「パターン青、消失を確認」
「シンクロ、強制カットして」
「高機動モードを強制解除。生命維持モードに!」
使徒沈黙とほぼ同時に、碇シンジの叫びもやんでいた。
「パイロット、脈拍微弱。失血、続いています」
「L.C.L濃度を上げて」
「心音微弱!」
「心臓マッサージを」
「だめです!」
「もう一度」
「回収急いで! パイロットの生命維持を最優先」
「心音、確認しました」
互いに支え合うようにして彫像と化した初号機と使徒の姿に夕陽が落ちた。
日向マコトの報告。
顔をしかめるものの、どこか余裕の葛城ミサト。
「初号機に吹っ飛ばされたのに、しつこいわね」
発令所の面々は、戦局が有利だと感じていた。
「まあ、交戦域が市街地から離れただけでも助かるわ」
離脱命令無視は問題だが、そもそもパレットライフルによる攻撃が作戦ミスだったかもしれない。
ともあれ現在は戦闘中。
のんびり反省している時ではない。
変化する状況に即応することを優先する。
「瞬間機動速度はかなりのものね」
常時解析を進めているディスプレイを見て、赤木リツコが首をひねる。
初号機にこれほどの高機動が可能だとは予想していなかった。
シンクロ率は戦闘中も変わらず、40パーセントを少し越える程度だというのに。
「こうなりゃ接近戦ね」
葛城ミサトも作戦変更を決断。
が、作戦行動に際しての弱点がエヴァンゲリオンにはある。
アンビリカルケーブル。
エヴァの「ヘソの緒」ともいえる電力供給ケーブル。
これがエヴァンゲリオンの行動半径を極端に制限していた。
使徒に接近するには長さが足りない。
より使徒に近い場所にある電源供給システムビルにあるケーブルに繋ぎ変える必要があった。
「シンジくん? 現在のアンビリカルケーブルを外して使徒に接近して」
中央作戦室床面の立体投射スクリーンに表示されている市街地図をちらりと確認する。
「市街外れの14番ケーブルを装着、いい?」
返事がなかった。
サブモニタに映る碇シンジは、なにかに気を取られている様子。
「ケーブル着脱の時間は、援護射撃でかせぐから。急いで」
なにぼんやりしてるのかしら?
続けて、市街周辺部兵装ビルから使徒へのミサイル攻撃を指示しようとした時に、パイロットの緊迫した通信が入った。
『駄目です! 使徒の横にトウジたちが!』
「トウジ?」
意味が分からず混乱する。
一瞬遅れて、青葉シゲルが声を上げた。
「使徒近接50メートルに人影2!」
情報パネルに立体投影されるパーソナルデータ。
鈴原トウジ。
相田ケンスケ。
「シンジくんの……クラスメート?」
葛城ミサトにも見覚えがある。
ミサイルによる援護射撃どころではない。
使徒が下手に動いただけでも巻き添えになってしまう。
鞭のように振るわれる触手が剣呑すぎた。
「なんであんなところに……」
使徒殲滅が最優先。
たかが民間人2名の犠牲など問題にすべきではないのが指揮官。
しかし。
碇シンジにクラスメイトを見捨てろとは言えなかった。
だからといって。
どうしようもないじゃない……!
葛城ミサトが、らしからぬ逡巡を見せたとき。
「エヴァ初号機、アンビリカルケーブルを切除!」
「エヴァ、内部電源に切り替わりました」
碇シンジが動き出した。
「シンジくん?」
アンビリカルケーブルから解き放たれ身軽になった初号機は、使徒めがけて全力疾走に入っていた。
友人を諦め、最初の命令に従って使徒殲滅を決意したのか?
それにしては動きがおかしい。
「電源ビルじゃなくて、使徒に直接向かってるの?」
「初号機、プログレッシブ・ナイフを装備しました!」
駆けながら右手に握る。
「これは? 初号機、高機動モードに入っています」
伊吹マヤの驚く声。
5分弱とあった内蔵電源の残時間表示が一気に2分台へと飛んでいる。
「シンジくん! どういうつもり?」
ほぼ一瞬と思える時間で、エヴァンゲリオン初号機は使徒に肉薄した。
プログレッシブ・ナイフを両手で固く持ち直し、腰撓めにする。
「だめよ、シンジくん! 使徒はまだ生きているのよ!」
ナイフの運用は生身の人間でも人造人間でも変わりはない。
両手で携えるほうが威力は増すだろうが。
それでは、使徒の触手攻撃を防げなくなってしまう。
葛城ミサトの忠告が終わるか終わらぬかのうちに。
使徒はエヴァンゲリオンに向かって触手を撃ち出した。
まずは右触手、次いで左触手。
伸びる鞭のように初号機をなぎ払おうと動く。
その刹那。
ブンッ!
エヴァンゲリオン初号機が横にズレるように動いた。
鞭を避けたのではない。
鞭の軌道の真正面に身体をさらした。
「初号機、腹部装甲に亀裂……いや、貫かれました!」
さらに。
ブンッ!
再びの高機動。
刺し貫かれた触手をそのままに、襲い来るもう一方の触手の軌道に身をさらす。
「また!」
すでに日向マコトの報告は事態に追いつかない。
2本の触手が深々と初号機の腹部を貫通していた。
傷口からエヴァンゲリオンの血漿が飛び散った。
「初号機のダメージは?!」
青ざめている赤木リツコ。
「機能中枢に異常なし。動けます。……内部電源残90秒を切りました!」
伊吹マヤの悲壮な声。
だが。
エヴァンゲリオン初号機は止まらない。
腹部に深く触手を食い込ませたまま、使徒めがけて腕を伸ばした。
「あ……肉を切らせて骨を断つってわけ?」
葛城ミサトのつぶやきに、発令所スタッフもようやく碇シンジの意図を悟った。
初号機を刺し貫いたことで、使徒は自らの飛翔能力を封じ込めてしまっていた。
間合いも取れない。
最初の交戦時のようにはね飛ばされることもない。
初号機の繰り出したプログ・ナイフが使徒のコアに食い込んでいた。
「な、なるほど」
日向マコトが感嘆のつぶやきをもらした。
行動を完全に封じられた使徒は、動くこともならず。
交戦域間近で腰を抜かせて座り込んでいる鈴原トウジ、相田ケンスケも、巻き起こる粉塵をかぶる程度のことで済んでいた。
僥倖といえるかもしれないが、結果は正しかった。
プログ・ナイフが差し込まれたコアは、激しく明滅を繰り返しているものの、崩壊寸前は明らか。
使徒殲滅は時間の問題と思われた。
スタッフの緊張がとけかける。
その時。
「碇くんがおかしい」
「え?」
綾波レイの声に数瞬遅れて。
『ぐぁああああああ……』
碇シンジの苦悶の叫びが発令所を覆いつくした。
「なに!?」
「パ、パイロットの生命維持に異常発生! 腹部より出血!」
慌ててサブスクリーンのエントリープラグ内映像を拡大する。
碇シンジのプラグスーツに血が滲んでいた。
口からも吐血しているらしい。
「エヴァからのフィードバック? まさか!」
40パーセント程度のシンクロ率で、外傷が発生するなんてありえないのよ!
狂ったようにコンソールに指を踊らせる赤木リツコ。
葛城ミサトは唇をかみしめる。
ゆるみかけていた空気が再び張りつめた。
「使徒の状況はどう?」
「エネルギー反応、微弱ですが、まだ」
微かではあるが、初号機の背中に抜けた触手もゆらめいている。
「内部電源残30秒です」
「救急回収班、待機させて」
怨念で死なないものかと、スクリーンの使徒を睨み付ける。
「使徒、エネルギー反応ゼロ! 完全に沈黙しました」
「パターン青、消失を確認」
「シンクロ、強制カットして」
「高機動モードを強制解除。生命維持モードに!」
使徒沈黙とほぼ同時に、碇シンジの叫びもやんでいた。
「パイロット、脈拍微弱。失血、続いています」
「L.C.L濃度を上げて」
「心音微弱!」
「心臓マッサージを」
「だめです!」
「もう一度」
「回収急いで! パイロットの生命維持を最優先」
「心音、確認しました」
互いに支え合うようにして彫像と化した初号機と使徒の姿に夕陽が落ちた。